2009.01.05 ☆まき直しの年に(4) 命を皆で守るために/長野
  5日、信濃毎日新聞→

『「佐久病院が命綱ととらえています」(上田市在住)
「東御市から行くには(病院が)少しでも近いところに(移って)きてほしい」(東御市在住)
佐久市臼田の県厚生連佐久総合病院にいま、こうした声が寄せられている。

市の中心部に高度医療部門などを分割、移転する「再構築」が難航するなか、病院が始めた署名活動は、図らずも東信一帯の“医療崩壊”を浮き彫りにした。

深刻なのが上田小県地域だ。専門医療だけでなく、初期的な診療さえ、30キロ以上離れた佐久病院に頼らざるを得ない状況がある。

<「人」を軽んじた>
地方の中核病院は、どこも医師不足に悩んでいる。診療科が休廃止され、病院経営が悪化する悪循環は、全国で起きている。

医療だけではない。介護も、年金も、制度のひずみは隠しようもない。セーフティーネット(安全網)の最後のとりでである生活保護は、高齢者や母子家庭への加算が廃止された。保護水準の切り下げも検討されている。

なぜ社会保障の基盤は、がたがたになってしまったのだろう。

少子高齢化で人口構造がいびつになり、現役世代の負担が増していることが根底にある。拍車をかけたのが、財政再建の旗の下、社会保障費の抑制に大なたを振るった小泉改革だった。

高齢者に負担増を求める医療制度改革が固まったのは、2005年の末。自民党が圧勝した「郵政選挙」の直後だ。

後期高齢者医療制度もこの改革の一環である。同じ時期、診療報酬も引き下げられた。

社会保障費から毎年2200億円を削る「骨太の方針」はダメ押しとなった。福祉や医療の切り下げは社会的弱者を直撃する。現場の体力も奪われた。

骨太の方針には、相当な無理がある。政府は数字の帳尻合わせに四苦八苦だ。

大事なものを見失っていないか。医療も福祉も人が支える。サービスを受けるのも人である。それぞれに暮らしがある。そんな当たり前のことを軽んじて、社会保障政策を財政面から切り刻んだ結果、今日の惨状がある。

どうまき直しを図るか。ヒントが、伊那谷の山村、人口2000人弱の下伊那郡泰阜村にある。

<地域経済の支えにも>
泰阜村は20年ほど前から、試行錯誤を重ねながら、先進的な在宅福祉と在宅医療を切り開いてきた。この村では一人暮らしの高齢者も、望めば住み慣れた家で終末を迎えることができる。

村は、村診療所の窓口負担の一定額以上を肩代わり。介護保険では利用者の自己負担の6割を補助し、限度額を超えたサービス費用は全額肩代わりしている。

自主財源の乏しい、過疎の村だ。福祉や医療を手厚くして、村の財布は大丈夫なのか。心配する声が村の内外にある。

「結論から言うと、そんなにお金はかからない」と村長の松島貞治さんは言う。村が07年度に老人医療と介護の独自策へ持ち出した金額は、1600万円ほど。一般会計の1%にも満たない。

目を見張るのは人員態勢の充実ぶりだ。村社会福祉協議会の職員は、正規18人を含む38人。人件費は介護保険から得る約1億円の収入でとんとんになる。

スタッフのほとんどは村内の女性だ。介護職の低賃金の問題はここにもあるものの、在宅福祉は村の一大産業でもある。

福祉も医療も、人の手が要る。地域に雇用が生まれる。サービスに使う食材や消耗品の調達で、地元も潤う。福祉や医療は、地域経済の支えにもなる。

<お金も手間もかけ>
医療費を抑えないと財政を圧迫し、いずれ国が滅びる-。1980年代に厚生官僚が唱えた「医療費亡国論」は、医療費をはじめ高齢化で膨らみ続ける社会保障費の抑制策の論拠となった。

知恵を絞って地域に合ったやり方を見つければ、自治体の財政はパンクしない。福祉は少子高齢社会の産業の柱になる。泰阜の試みは、そんな示唆を含んでいる。

米国ではオバマ新政権がスタートする。「新自由主義」を推し進めた前政権下の8年間で損なわれた社会保障の回復へと、かじが切られる。

日本はどう針路を取るか。今年、総選挙がある。各党の公約に目を凝らすときだ。

安全網を築き直すには、お金も人員も、しっかり投入しなくてはいけない。現場で働く人がないがしろにされるようでは、制度は足元から崩れてしまう。

信頼に足るビジョンがあり、本物の安心が得られるのならば、応分の負担も納得する。それが多くの人の思いではないか。連帯感をエネルギーに、命を支え合う社会。その道をともに探りたい。』
.
2008.12.31 ☆社説:視点・未曽有08 厚労省の「罪」 猛省して国民の側に
  30日、毎日新聞→

『論説委員・稲葉康生
◇猛省して国民の側に立て

  今年ほど厚生労働省に対して国民の批判が相次いだ年はなかった。年金記録の改ざんなど、国民を裏切る問題が噴出し信頼は地に落ち、社会保障制度への信頼も根底から揺らいでいる。未曽有の混乱と不信を招いた厚労省の罪は重い。
具体的な事実を検証してみたい。まずは5000万件にも上る、いわゆる「宙に浮いた年金記録」問題だ。政府・与党は3月末までに照合作業を終えると公約したが、無理だった。膨大な記録の照合が簡単にできるはずもなく、国民を失望させた。

 4月から始まった「後期高齢者医療制度」は75歳以上の高齢者から「うば捨て山にするのか」との猛反発が全国に広がった。批判の大合唱を目の当たりにした与党は、高齢者の保険料の大幅減免によってかわそうとしたが、高齢者らは小手先の収拾策だと見抜いてしまった。

  後期医療制度については、法律が成立して以降の2年間、厚労省は制度の説明責任を果たしてきたとはいえない。都道府県単位で全市町村が加入する寄り合い所帯の広域連合に運営を任せ、周知を怠った。この結果、大混乱が生じた。舛添要一厚労相が突然、同制度見直しの私案を打ち出したことも、スタンドプレーだとして批判を浴び、混乱に一層拍車をかけた。

  9月、今度は社会保険庁職員による厚生年金記録の改ざんが明らかになった。11月末には舛添厚労相が設置した調査委員会が、社保庁職員が組織的に改ざんに関与していた実態を公表した。保険料の算定基礎となる標準報酬月額の改ざんが「社保庁の仕事の仕方として定着してきた」と指摘したのだ。これは間違いなく犯罪行為だ。

  年金改ざんが組織的に行われていた事実は衝撃的だった。国家公務員が組織的に国民をだましていたのだから、許せないことだ。民間企業なら倒産するだろう。厚労省は倒産してはいないが、国民からはレッドカードを突きつけられたに等しい。

  厚労省の官僚は政治家の顔色をみて仕事をしてきた。厚労族議員への根回しで政治を動かしてきた。国会での法案成立に精力を注ぎ、法律を作った後の周知には熱心ではなかった。その弊害が医療制度改革で一気に噴き出したと指摘したい。

  厚労省は政治家ではなく、国民を見て仕事をすべきなのだ。不祥事を猛省し原点に戻る時である。国民と行政をつなぐものは信頼だ。年金や医療、介護など、暮らしの基盤が崩れ社会の底が抜けつつある今、厚労省には国民の側に立つ「暮らし省」として出直すしか道はない。』
.
2008.12.31 ☆介護報酬改定 職員の賃金アップを確実に
 29日、讀賣新聞→

  『介護保険制度にとって正念場だろう。
  3年に1度の介護報酬改定が決着した。人材を確保し、介護の質を向上させるため、報酬全体を3%引き上げる。

 認知症の介護など、負担が大きい分野に報酬を重点配分した。常勤職員の割合が高い介護施設などにも報酬を上乗せする。

  介護報酬の引き上げは当然の措置だ。2000年にスタートした介護保険制度は、社会保障費の抑制路線の中で過去2回、マイナス改定が続いていた。
  その結果、介護事業者の経営は悪化している。職員は低賃金にあえぎ、人材不足が深刻だ。この状況を改善しなければならない。

  今回の改定作業は、景気の急速な悪化を受けて政府が10月末に打ち出した景気対策の中で、早々と報酬引き上げの方針が決まっていた。介護業界が雇用拡大の受け皿としても期待されたからだ。
  政府は今回の報酬引き上げなどで、介護職員の賃金は月約2万円上昇し、人数も10万人程度増えると目算している。

  無論、不況を喜ぶわけにはいかないが、介護事業者が人材を確保しやすくはなるだろう。
  介護保険が始まった当初も似た状況にあった。不況で仕事を探す人が多く、介護産業は人材集めに苦労しなかった。

  このため、低賃金を前提とするビジネスモデルが出来た。だが、景気が回復して雇用情勢が好転すると、貴重な人材は次々と流出してしまった。同じ轍(てつ)を踏んではならない。

  厚生労働省の推計では、5年後の要介護認定者数は今より150万人増えて約600万人となる。これに伴い、現在約110万人いる介護職員を、さらに30万〜50万人増やす必要がある。
  この状況に対応するには、報酬引き上げを契機に人材を取り戻すとともに、待遇を確実に改善して、定着してもらうことが大切だ。
問題は、介護報酬の引き上げが職員の給与にきちんと反映されるかどうかだ。不況で人を集めやすくなると考えて、介護施設の経営者がプラス改定分を収支の改善のみに費やせば、職員の待遇は変わらない。

  厚労省は今後、介護職員の労働条件が向上しているかについて調査する必要がある。介護事業者にも職員の賃金水準などを公開するよう義務づけるべきだ。
  「介護」を働きがいのある仕事にし、超少子高齢時代の基幹産業に育てなければならない。』
.
2008.12.28 ☆介護報酬アップ 待遇改善へ着実につなげ
 28日、西日本新聞→

  『仕事がきつい割には給料が安い。人集めが大変なうえ、有能な人材が次々とやめていく。その結果、利用者が安心してサービスを受けられなくなる…。
  こんな介護現場の危機を食い止めようと、来年4月から、事業者に支払われる介護報酬が3.0%引き上げられる。

 介護従事者の待遇改善と人材確保が一番の狙いだ。政府・与党が10月末の追加経済対策で打ち出していた。厚生労働省の社会保障審議会が改定案を諮問どおり答申し、2000年度の制度開始以来初めてのプラス改定が決まった。

 改定は3年に一度行われるが、過去2回とも2%強引き下げられた。これに伴う経営悪化で、事業の廃止や休止に追い込まれる事業者も少なくなかった。

 賃金の低迷で人材難も深刻化した。07年調査では、福祉施設介護職やホームヘルパーに毎月決まって支給される平均給与は約21万円で、全産業の約33万円より約12万円も低い。逆に離職率は介護職が21.6%と、全産業平均の15.4%と比べかなり高い。

 今改定の処遇改善では、夜勤や認知症介護など負担の大きな業務の人員充実に報酬を手厚くし、介護福祉士の有資格者や勤続年数の長い従事者、常勤者の割合が多い事業所にも上乗せした。
人件費が高い東京など大都市部の事業者や、経営の効率化が難しい中山間地域の小規模事業者の報酬を加算した。医療との連携強化や認知症ケアの充実を目指し、新たな加算も設けた。

 介護従事者の能力や資格、経験年数などを正当に評価するのは当然だ。しかし、賃金の引き上げは事業者の判断次第であり、経営状況や雇用形態の違いなどから、報酬アップが必ずしも賃金上昇につながらないと懸念する声も強い。

 政府・与党は、報酬アップを打ち出したとき、月額約2万円の賃金上昇につなげ、全国で約120万人いる介護職の約10万人増員を目指すとしていた。
介護事業者は、この報酬アップを着実に処遇改善につなげるよう、一層の経営努力をしてもらいたい。それで介護職の人材を確保し、サービスの質の向上に努め、利用者の安心を高めてほしい。

 事業者はどう処遇改善に取り組んだか、積極的に情報公開すべきだ。厚労省は公開を強く促したうえで事後の実態調査を進め、早めに公表してもらいたい。
それにしても今改定の処遇改善だけでは、14年に最大で160万人が必要とされる人材確保には不十分だ。

 介護職の仕事への意欲は高いが、社会的評価が低いことへの不満も強い。事業者はこんな悩みの相談に乗り、キャリアアップの研修なども充実すべきだ。誇りを持って働ける魅力ある職場であれば、不況下の労働者の受け皿になり得る。

 こうした取り組みを政府も支援し、まず現場にいる担い手の定着を図り、さらに離職者を呼び戻す努力も求めたい。』
.
2008.12.28 ☆介護報酬改定 さらなる処遇の改善を
  27日、中國新聞→

  『来年四月から介護報酬が初めて上がり、介護従事者の処遇が改善されることは一歩前進だ。アップ分が確実に末端に届くようにし、さらに待遇改善を図り意欲ある若者が参入できるようにしたい。

 政府は十月末、介護報酬の3%アップを早々と打ち出した。追加経済対策の一環とはいえ、介護従事者の給与など処遇が他の勤労者よりも悪いため離職者が後を絶たず、人材難で介護保険制度が危機にひんしていることを無視できなくなったためだ。

 アップ分の内訳を見ると、事業所ごとに国家資格である介護福祉士や一定年数以上の勤務者の割合の高さなど専門性や定着促進を重視している。良質な介護を提供するために基準以上の人員を配置したり、理学・作業療法士を配置しリハビリが充実している施設、入所者の看取(みと)りなども正当に評価し、物価などが高い都市部ほど介護報酬の単価を引き上げる。

 いずれも介護従事者が求めてきたもので、報酬アップの項目で見る限りほとんど受け入れた。それほど人材難への対応は切羽詰まった課題だったということだ。
問題はアップ分が間違いなく介護従事者の手元に届くかだ。

 事業者は給与水準や昇給の仕組み、有資格手当などについて自主公表する指針をつくることになっているが、多くの事業者が公表するよう厚生労働省が指導する必要がある。厚労省は昇給を確実なものにするために、早い時期に給与の実態調査もしてもらいたい。

 先に政府の「社会保障国民会議」が公表した医療・介護費用の将来推計では、現状のまま推移すると高齢化がピークを迎える二〇二五年には総額は八十五兆円、効率化し「機能強化」を図れば九十一兆-九十四兆円でより質の高いサービスが提供できるという。

 その前提の一つは介護従事者が現在の二倍以上の二百五十万人確保されていることである。
今後、計画的に増やしていくには、処遇改善をさらに図り、介護現場を魅力あるものにしなければならない。今回の改定では不十分だ。三年後の改定時にはさらに上積みしてもらいたい。

 深刻化する失業問題への対策の一つとして厚労省は、雇用保険を受給しながらでもホームヘルパー一級、介護福祉士の受験資格が得られる長期訓練を来年度から始める。ホームヘルパー二級の短期訓練制度も拡充する。この制度を最大限活用し、雇用と同時に介護の担い手を増やしたい。』
.
2008.12.21 ☆自立支援法 障害者の声に耳傾けて
  20日、北海道新聞→

『障害者自立支援法の見直しに関する報告書を、厚生労働省の社会保障審議会がまとめた。
法の施行で、共同作業所をはじめとする施設利用料や介護利用料など、福祉サービス料の一割を、利用者本人が負担する「応益負担」が導入された。

応益負担は「障害者の自立につながらない」と福祉関係者から強い批判が出ており、今回の議論の焦点とみられていた。

だが、審議会は応益負担の存廃について、結論を先送りした。その是非について、何ら見解を示さないままでは、審議会の役割を果たしたとは言えまい。
真に自立を支えようとするなら、障害者が利用しやすい制度でなければならない。それには抜本的見直し以外になかろう。
報告書を受け、厚労省は年明けの通常国会に、自立支援法改正案を提出する予定だ。
障害者にとって何が必要か、もう一度考えてほしい。

従来、福祉サービスの利用者負担は、本人の所得に応じた「応能負担」だった。一般的に障害者の所得は低いため、実際には自己負担がないケースがほとんどだった。

自立支援法の施行で、原則として所得の多寡にかかわらず、利用料の一割を負担することになった。
障害が重い人ほど、多くのサービスが必要なため、自己負担も多い。なかには、自己負担分が作業所で得る賃金と同程度になるケースもある。このため、施設の利用を控える人たちも出ている。
所得が十分でないなかで、負担を求めることに「自立支援に逆行する」と指摘されてきた。その通りだ。

そもそも入浴やトイレ、外出など日常生活に欠かせない分野の介護にまで、自己負担を求めることが妥当なのか疑問が残る。
厚労省はこれまで、二回の軽減措置をとり、現在の自己負担率は約3%に抑えられてはいる。だが、あくまでも低所得者対策の緊急措置で、いつ撤回されるともしれない。

報告書では、軽減措置を来年度以降も継続するとした一方、利用者負担のあり方そのものについては「サービスの利用状況もみつつ、過度の負担となっていないか、今後ともさらに検討が必要」としただけだ。これでは肩すかしではないか。

東京や大阪などの障害者が十月末に、障害者自立支援法による応益負担は、障害者の生きる権利を侵害して憲法違反だとして、全国の八地裁に一斉に提訴した。
大事なのは、障害者が生きがいをもって働き、暮らしていける社会をつくることだ。』
.
2008.12.03 ☆新生児死亡 安心の医療体制が急務
  3日、北海道新聞→

『周産期医療の体制の貧弱さが招いた悲劇だ。
 札幌市内で昨年十一月、早産の未熟児が、七つの病院に受け入れを拒否された末に、やっと搬送された病院で十日後に死亡していたことがわかった。

 今年十月には東京で、脳内出血を起こした妊婦が八カ所に受け入れを断られ、最後に収容された病院で死亡した。

 今の日本の医療体制では、安心してお産ができないということか。体制の見直しが急がれる。
死亡したのは、妊娠二十七週の女性が出産した一三〇〇グラムの男児だ。自宅で生まれ、救急車で運ばれたが、北大病院や総合周産期母子医療センターに指定されている市立札幌病院など、市内の病院から次々と受け入れを断られた。

 拒否した七つの病院のうち、未熟児の医療に欠かせない新生児集中治療室(NICU)を備えているところは五カ所あった。NICUが満床だったことや当直医が他の患者の治療中だったことが拒否の理由だ。 病院のNICUに空きがあれば、事態は異なっていたかもしれぬ。

 厚生労働省の研究班は昨年、NICUの設置目標を出生千人に対して三床と示している。この目標値を北海道に当てはめると、全道では百二十八床、札幌をはじめとする道央圏では七十五床になる。
だが一日現在で、広さや医師数などで診療報酬の算定基準を満たすNICUは、全道で九十六床、道央圏は五十七床だけだ。
基準を満たさないものの、人工呼吸器を備えているベッドも含めると、目標値は達成しているが、決して十分な体制とは言えない。

  一方、近年の医療技術の進歩で、未熟児など集中治療が必要な新生児の救命率が向上、NICUの利用件数や期間が増えている。それが、NICUの不足にもつながっている。
NICUの整備を早急に進めることが必要だ。そのためには医師の確保も欠かせないが、問題は専門の新生児科医をはじめとする小児科の勤務医が少ないことだ。

  昼夜を問わない激務や訴訟リスクの高さから、退職して開業に転じる医師が相次いでいる。その結果、医師不足がさらに加速する。小児科を志望する医学生も少なくなった。産科同様の悪循環だ。構造的な問題というしかない。

 問題解決の決め手はないかもしれぬが、激務に応える報酬の在り方や臨床研修制度の見直しなど、やらねばならないことも少なくない。 医療への信頼を取り戻すため、国や大学医学部、医師会などが協力して真剣に考えてもらいたい。』
.
2008.12.01 ☆社会保障目的税 財源確保への意義ある一歩
  30日、讀賣新聞→

『社会保障給付と税負担の関係をはっきりさせ、年金や福祉、介護の財源確保に向けた大きな一歩になろう。

経済財政諮問会議が、税制抜本改革の道筋を示す「中期プログラム」で、消費税を社会保障目的税とすることで大筋合意した。消費税の引き上げによる税収増は、社会保障給付だけに使われることになる。

並行して中期プログラムを議論している自民党税制調査会も、この方針に同調する見通しだ。安定財源確保のため、政府・与党が歩調をあわせる意義は大きい。

諮問会議では、民間議員が<1>税制抜本改革による増収額はすべて社会保障給付の必要な増分に充て、官の肥大化には使わせない<2>行革の推進と歳出規律を維持する――など、抜本改革の3原則を提案し、基本的に了承された。

消費税を社会保障目的税とすることには、政府税制調査会も前向きだ。麻生首相に提出された来年度税制改正答申では、昨年の答申を踏襲する形で、消費税を社会保障財源に充てることを選択肢に検討を進めるよう求めている。

政府税調は答申で、中期プログラムの策定を、「社会保障の安定財源確保と税制抜本改革の具体化に向けた第一歩として重要な意義を持つ」としている。
税収をすべて社会保障給付に回すことで、低所得者ほど消費税の負担割合が高くなる「逆進性」の問題も緩和される。社会保障給付は低所得者ほど手厚い配分を受けられるからだ。

食料品などに軽減税率を導入すれば、低所得者の負担はさらに緩和されるだろう。導入に向けた道筋をつけるべきだ。
残る課題は、消費税をいつ、どれだけ引き上げるかだ。

今の景気情勢を考えれば、すぐに消費税の引き上げはできない。だが、景気回復が確認できた時点では、引き上げをためらってはなるまい。それには、あらかじめ、十分な準備をしておくことが肝要である。

社会保障国民会議は、医療・介護制度の充実度合いに応じて、消費税率にして3〜4%分の財源が必要とする試算結果を示している。年金についても、社会保険修正方式、全額税方式の双方で、必要額が細かく試算されている。

その基礎データも、すべて公開されている。政府・与党はこうした試算も参考にしながら、出来る限り詰めの作業を急ぐべきだ。負担と給付の関係を、できるだけ明確に国民に示してほしい。』
.
2008.11.29 ☆首相の「放言」 患者の気持ちを逆なでした
  28日、毎日新聞→

  『また、麻生太郎首相の放言が飛び出した。

  今度は社会保障費の抑制を議論した20日の経済財政諮問会議で「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」などと発言したことが分かった。同諮問会議の少し前、全国都道府県知事会議で行った「医師は社会的な常識がない人が多い」との発言の撤回を求めた日本医師会に対し麻生首相は「言葉が不適切だった」と陳謝したばかりだった。日々闘病を続ける患者の気持ちを考えれば、このような放言は到底できないはずだ。

  諮問会議では社会保障と税財政の一体改革が議論されていたが、議事要旨を読む限り、首相発言は議論を深める内容になっていない。「67、68歳になって同窓会に行くと、よぼよぼしている。今になると、こちらの方が医療費がかかっていない。毎朝歩いたり何かしているからだ。私の方が税金は払っている」などと述べ、その後で不養生の人の医療費を、自分がなぜ払う必要があるのか、という趣旨の発言をした。

  麻生発言の問題点を二つ指摘したい。第一は先天的に病気を抱えている人や摂生していても病気になるケースもあるということだ。難病や重い病と闘っている患者の立場になって考えれば、不摂生によって病気になった人の医療費を「何で私が払うんだ」などという発言はできないはずだ。患者に気を配り、救済するために医療を充実させることが本来、政治が目指すものであるはずだ。

  首相発言は、患者や体の弱い高齢者の気持ちを逆なでするものであり、あまりにも無責任と指摘せざるを得ない。これは漢字の読み間違えとは次元が異なる重要な問題であり、看過できない。あえて言えば、これは政治哲学や思想に深くかかわる問題でもある。

  麻生首相は記者会見で「病の床にある方の気分を害したというなら、おわびしたい」と謝罪したものの、「趣旨は、(病気の)予防を全然考えていない今の(医療)制度はいかがなものかを言った」と釈明した。予防や健康管理の必要性を主張したいのなら、率直に国民に訴えるべきだった。

  問題の2点目は、首相発言が医療保険制度の根幹を揺るがしかねないという点だ。日本は国民皆保険制度を取っている。国民がかけた保険料と税金で、手術や治療などに必要な費用を国民全体で支える共生の仕組みになっている。首相が主張するように、元気で健康な人が「なぜ自分が金を払うんだ」と言い出したら、皆保険制度は崩壊してしまう。

  皆保険制度の仕組みを知りながら、なぜこんな不適切な発言をしたのか。患者だけでなく、多くの国民が理解に苦しんでいる。こうした放言が続けば、首相としての資質を問う声が強まることは避けられまい。』
.
2008.11.21 ☆介護報酬 引き上げ分は現場に
  21日、信濃毎日新聞→

  『介護保険で介護サービスを提供する事業者に支払われる報酬が、来年度の改定で3%引き上げられることになった。2000年に介護保険制度が始まってから、初のプラス改定である。

 狙いは、介護労働者の待遇改善にある。これによって賃金を月2万円ほど引き上げ、人材の確保につなげる-。政府、与党のもくろみだ。追加経済対策にも盛り込まれた。

  介護報酬は3年ごとに見直される。過去2回はいずれもマイナス改定だった。膨らむ保険給付の伸びを抑えるためである。

  そのツケを負わされたのが事業者だ。低い報酬から収益を上げるため、現場は低賃金と過重な労働が常態化した。厚生労働省の2007年の統計で、介護職の給与額は21万円台。全産業の平均と10万円以上の開きがあった。これでは若い人が夢を持てなくなるのも、無理はない。

  介護を支える根幹は人材にある。報酬の引き上げは当然だ。その上で、詰めるべき課題がある。まずは、増えた分の報酬が介護労働者の賃金に確実に回らなくては、意味がない。経営者が人件費へ配分することを保証する仕組みが要る。それをチェックできる態勢も整えたい。次に、サービスごとの報酬単価の見直しが重要だ。どれだけ現場の実情をくみ取れるか。そこがカギになる。

  厚労省の今年の介護事業経営実態調査では、多くのサービスで経営が悪化している。介護保険のかなめとなるケアマネジャー業務は、赤字幅が拡大していた。

  認知症があっても、老夫婦や一人で暮らしている高齢者が少なくない。そうした人たちを支えている介護職の熱意と労力に応え、現場が無理なく採算を確保できるよう、報酬単価にきめ細かな目配りを求めたい。

  利用者の負担軽減策も欠かせない。介護報酬の1割は、利用者の自己負担でまかなう。報酬の引き上げが、負担増となって利用者に跳ね返り、サービスが使いにくくなっては本末転倒である。

  いまも自己負担が重くて、サービスの利用を控えてしまう高齢者がいる。低所得者対策はとくに手厚くする必要がある。

  介護保険料は上がり続けている。政府、与党は来年度の改定で保険料の急激なアップを避けるため、上昇分を補てんする基金を創設する。目先の手当てでなく、中長期で安定した制度運営の見通しを示すことが、欠かせない。』
.
2008.11.16 ☆報酬引き上げへ 魅力ある介護現場に
  15日、中日新聞→

  『良い介護を受けるには質の高い介護従事者が不可欠だ。現場で意欲と誇りを持って安心して働けるように能力や資格、経験年数を正当に評価して待遇を改善しないと、超高齢社会は乗り切れない。

  介護サービスの公定価格・介護報酬が来年四月に改定される。改定幅は通常、年末の予算編成時に決まるが、今回は先月末、早々と3%の引き上げを政府が決めた。過去二回と違い、初めて引き上げるのは、介護従事者の待遇改善が急務であることを政府が認めたためだ。

  厚生労働省によると、常勤の介護従事者の平均給与は男性の場合、二一・四万円で、全産業平均の三三・七万円より十二万円以上低い。女性の場合も同様に低い水準にある。男女とも他産業より賃金カーブの上昇が緩い。

  年間の平均離職率も全産業平均の16・2%に対し、介護では21・6%と高い。勤続三年未満の離職は75%に達する。離職の最大の要因は、厳しい労働の割には待遇が悪いためだ。

  遅ればせながら政府が待遇改善に乗り出したのは歓迎する。
  これをさらに充実させるには、今後厚労省が、介護従事者の経験年数、国家資格である介護福祉士の資格の有無、何級のヘルパー資格を持っているかなどの評価を明確にし、それを報酬に反映させる仕組みを整えることである。

  経験年数が長いほど、また持っている資格が上位であるほど、介護能力が高いとの研究報告があり、それらの正当な評価は介護従事者の要望でもある。これにこたえる改定にしてもらいたい。

  政府は3%引き上げで月平均二万円の給与アップを見込んでいるが、4%の引き上げがないと二万円は達成できない、との試算を全国福祉保育労働組合がまとめている。報酬引き上げが給与アップにどの程度つながるかが確認できるように、医療における診療報酬改定後の検証作業のように、介護報酬でも検証する仕組みが必要だ。

  介護事業者には、給与水準や介護能力の向上に欠かせない研修体制の有無などの情報の公表を制度化し、就職先を決めやすくすることも検討すべきだろう。

  介護従事者は、介護保険がスタートした二〇〇〇年に約五十五万人だったが、〇六年には百二十万人に増えた。数年後には百六十万人が必要になるとみられる。

  離職者を呼び戻すとともに新たな資格取得者を増やすには介護現場が魅力的でなければならない。』
.
2008.11.11 ☆「介護の日」 お父さんたちも地域に出よう
  11日、毎日新聞→

  『きょう11日は「介護の日」。高齢化などによってニーズが増している介護についてみんなで考えてもらおうと、今年度、厚生労働省が制定した。

 介護保険制度が00年に始まって8年余、保険財政が悪化し介護人材の離職率が高まるなど、課題が山積している。
具体的には、外国人介護士の受け入れ、現在、40歳以上となっている介護保険料の徴収対象年齢の引き下げ、介護と医療保険との統合、家族介護者への現金給付などの問題がある。しかし、どれも本格的な議論は始まっていない。

 介護を取り巻く環境は厳しいが、全国各地で特定非営利活動法人(NPO)などによる地道な活動が展開され、多様な試みが根づいている。毎日新聞は00年に「毎日介護賞」を設け、地域福祉活動を続けている人たちを顕彰してきたが、今年は山形県高畠町のNPO法人「かたくりの会」など6団体が受賞した。

  「かたくりの会」は98年に地域互助型福祉サービスを開始し、高齢者や障害者らの身の回りの世話から通院や外出介護、話し相手まで「地域福祉のすき間を埋める」活動を続けてきた。大阪市の同「エフ・エー」は住民同士のふれあい活動や空き店舗を利用した「さろん」を開いている。神奈川県藤沢市の同「ぐるーぷ藤」は高齢者、障害者、幼児が交流する複合型福祉マンションを計画、2カ月間で約1億円の資金を市民から集め、夢を実現させた。

 こうした取り組みは、介護保険が始まる以前の家族介護が当たり前だった時代には考えられなかったことだ。地域の福祉を充実させ、高齢者らの暮らしを支える仕事は、行政だけではできない。地域住民の知恵と行動力が超高齢時代の介護を支える力になっており、各地で市民グループの多様な活動が広がっている。

 しかし、それぞれに問題を抱えている。事業の運営や財政問題、介護人材の待遇問題、将来に向けての人材育成など、課題は枚挙にいとまがない。毎日介護賞を受賞した団体の代表者らの多くが「低賃金で介護労働者のなり手が減ってきた」「離職者が増えている」などと、危機感を口にした。NPO活動を下支えし、運動をさらに広げていくためには、若い人を含め多くの人たちが新たに輪に加わることが欠かせない。

 介護のNPO活動に男性が少ないのも気になる。今年の毎日介護賞の受賞6団体の代表のうち、5人が女性だ。運転ができる人は高齢者の送迎、パソコンが上手な人は会計、園芸が趣味なら庭の手入れなど、やることはたくさんある。仕事をリタイアしたお父さんたちが自分たちが住む地域に積極的に出てNPO活動に参加すれば、介護の現場はきっと活性化するはずだ。「介護の日」に家族で話し合ってみてはどうだろう。』
.
2008.11.09 ☆社会保障制度 負担増は改革とセットだ
  9日、西日本新聞→

  『政府の社会保障国民会議が最終報告をまとめ、麻生太郎首相に提出した。
  社会保障の柱である年金、医療・介護と少子化対策を充実した場合、新たに必要となる財源額は消費税換算で、2015年度は3%台、高齢化がピークを迎える25年度は6%になるとしている。
現在の社会保障制度は、給付の抑制路線が続くなかで多くのひずみが生じ、制度への信頼が低下している。

  この抑制路線を転換し、社会保障の機能強化を求めた点はうなずける。各分野の将来のあるべき姿を描いて複数の選択肢を示し、その改革に必要な費用の全体像を初めて示したことも評価できる。
しかし、最終報告は国民的な議論の土台を提起するにとどまり、改革を実現するための具体策や財源の確保策は、今後の論議に委ねている。

  首相は、社会保障改革の道筋を示す工程表づくりを国民会議の座長らに指示した。財源に関しては、政府・与党で議論を進めて税制改革の中期プログラムを年内にまとめる方針を表明している。
これらの策定には問題が山積みされており、首相の強い指導力が求められる。いくつか指摘しておきたい。

  首相は、最終報告を今後の社会保障政策に反映させる意向を示す一方、社会保障費の伸びを毎年2200億円抑制する政府方針を堅持するとも語った。このつじつまは、どう合わせるのか。09年度から基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げる財源も定まっていない。

  これら当面の問題は、年末の予算編成で明確な答えを出す必要がある。
  首相は「経済状況を見たうえで、3年後に消費税の引き上げをお願いしたい。私が目指す日本は中福祉・中負担だ」と明言した。しかし、そもそも中福祉・中負担とはどの範囲なのかも判然としない。国民に負担増を求める以上、数字をもとに分かりやすく説明してほしい。

  最終報告では、焦点の基礎年金の財源は、現行の社会保険方式と全額税方式の両論を併記して結論を避けた。全額税方式とするなら、追加の消費税率は15年度に6-11%、25年度に9-13%に跳ね上がる。どちらを選択するかによって、工程表や中期プログラムの中身は大きく違ってくる。この整理も不可欠だ。

  次期総選挙を前に、首相が消費税から逃げない姿勢を示したことは、是としたい。それが本物なら、年末の中期プログラムでは、引き上げ幅や時期を盛り込んだ選択肢を提示するべきだ。
もとより、増税は社会保障改革とセットでなければならない。国民に説得力ある年金制度、医療・介護サービスの充実や有効な少子化対策を、工程表できちんと打ち出すことが必須条件である。

  民主党など野党は「増税ありき」を否定するなら、それぞれの改革案を示すべきだ。そのうえで総選挙で競い合い、国民的な議論を起こしてもらいたい。』
.
2008.11.04 ☆障害者支援法 応急措置で欠陥覆ったが
  4日、西日本新聞→

  『「障害者自立支援法はかえって『自立』を妨げ、法の下の平等などを定めた憲法に違反する」。福岡県福智町の男性を含む一都二府5県の障害者らが一斉に国などを相手取った裁判を起こした。

  この法律は2005年秋の国会で成立した。親元や施設などで「保護」されてきた障害者が、地域の中に出てきて「自立」して生活できるような環境づくりを積極的に進める。「施設」から「在宅」へと、掲げた目標は悪くなかった。

  現実はどうか。目標とは程遠く、「自立」とは逆行しているとの声も強い。そもそも、この法律は強い反対が続く中で成立し、06年4月に同法が施行されても批判は収まらなかった。

  さすがに昨秋、野党に続き、政府、与党も見直しに動いた。いま、社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)の障害者部会で論議が続いている。裁判を通じて、この法律の根本的な「欠陥」ともいうべきところをあらためて訴え、国民の関心を再び高めることは意味がある。

  最大の問題は介護保険と同様、利用者が介護などのサービスを受けると、原則的に費用の1割を負担する仕組みだ。

  所得が高くても低くても同じサービスには同額を支払う。障害の重い人ほど多くのサービスを受けるので、そうした人ほど負担が重い。必要な人が受けられなくなるとの懸念は当初から強かった。

  障害者が利用を控えたり、報酬が低く設定されたりで福祉サービス事業者の経営も厳しくなった。このため、政府は06年末に「特別対策」を、翌年12月には「緊急措置」をと、障害者らの負担軽減策を次々に講じざるを得なくなった。

  この法律には地方自治体からの注文も多い。障害程度区分の認定には問題がある。市町村の権限が拡大されたが、現実には人材も施設も不十分な地域が少なくない。政府の度重なる変更で、現場の事務が難しくなった。利用者も使いやすい簡素な制度にすべきだ-などである。

  なぜ、こんなに評判が悪いのか。結局は導入を急ぎすぎたということだろう。この法律ができる前には、03年度から導入された「支援費制度」があった。

   自治体が障害者へのサービス内容を決める「措置制度」から、障害者が自らサービスを選べるようになった。サービスの利用量にかかわらず、所得に応じて費用を負担する方式だった。多くの障害者が障害基礎年金に頼っていたため、ほとんどの人が負担なしで利用できた。

  結果、予想を上回る国の支援費が必要になった。介護保険でもそうだったが、制度ができたことで、それまで我慢してきた潜在需要が表に出てきたといえる。それで需要抑制のために「定率負担」のルールが導入されることになった。

  批判を受けて応急措置で制度の「穴」をふさいできた。だが、ここで当事者の声に耳を傾け、ご破算にして一からやり直すことが最良ならそう決断すべきだ。』
.
2008.10.28 ☆社会保障費試算 あるべき姿の議論が先決
  28日、山陽新聞→

  『高齢化がピークを迎える二〇二五年の医療・介護費用は、現在の四十一兆円から九十一兆―九十四兆円と倍以上になる。政府の社会保障国民会議が試算を公表した。

  新たな公費負担は十四兆―十五兆円に上り、消費税で賄うと税率を4%引き上げなければならない。しかも、一定の経済成長を前提に税収増や保険料収入増などを見込んでのことだ。さらなる負担増の可能性がある。

  重い負担の是非をめぐる議論は重要だが、最も肝心な点は、現状でも医療崩壊や介護難民が指摘されているだけに、将来的に安心できるサービスが受けられるかどうかだ。国民会議は、試算の前提として「国民が求めるサービスの必要額をはじき出す」との立場から、サービスを充実させ、国民ニーズに応えるための医療・介護改革シナリオを描いている。

  改革シナリオは、救急や手術など集中的な治療が必要な急性期医療に医師や看護師らを手厚く配置する。また、ヘルパーら介護職員を現在の約百十七万人から二百五十万―二百五十五万人に増やすことなどを提示した。目指しているのは、欧米に比べて長い医療機関への入院日数を大幅に短縮し、治療の必要度が低い高齢者は介護にシフトしてもらうということだろう。

  退院可能なのに長期入院する「社会的入院」などの解消は理解できる。だが、労働環境の悪化で介護職員の確保が困難といわれている現状がある。今後、今より二倍強も職員を増やせるのか。介護施設の充実や二十四時間対応の訪問介護体制の整備も進むのかといった課題が山積する。国民会議の試算を契機に、議論が負担増をめぐって特化するのではなく、医療・介護のあるべき姿に深化させることが大切であろう。』
.
2008.10.27 ☆税制改革工程表 「中期財源」は消費税しかない
  27日、讀賣新聞→

  『麻生首相が、消費税率の引き上げを念頭に置き税制改革の「中期プログラム」を作るよう与党に指示した。
少子高齢化で膨らむ一方の社会保障費を賄うには、巨額な費用が必要だ。その財源を確保するには、消費税しかないことは、はっきりしている。

 与野党とも衆院選に向け、様々な政策を打ち出しているが、いずれも財源論を避けてきた。そうした中、消費税に真正面から取り組む姿勢を示したことは、大きな意義を持つ決断である。

  現在の厳しい経済環境下で、直ちに消費税を引き上げるのは無理があるが、それに向けた準備は整えておかねばならない。
政府・与党は年末の税制改正までに、消費税引き上げまでの明確な工程表を作りあげ、国民に示すべきである。
首相の指示は、与党が報告した景気対策の骨格に追加する形で出された。
骨格には、2兆円規模の定額減税や、高速道路料金の引き下げなどが盛り込まれていた。首相はこれに、住宅ローン減税の大幅拡充などを加えるよう求めた。
住宅ローン減税は、所得税などの控除額を過去最大級にする考えで、減税規模は、年間2兆円を超す可能性もある。
景気対策の財源としては当初、国の特別会計の積立金などを取り崩して充てる目算だった。だが、首相の指示で、それだけでは追いつかなくなった。

  さらに、景気の急減速による法人税収の落ち込みは、今年度予算で2~3兆円になるとされる。

  こうした財源不足は当面、国債を増発して凌(しの)がねばならない可能性が高い。しかし、確かな財源がなければ、いずれ財政が回らなくなるのは目に見えていよう。
より深刻なのは、社会保障費である。基礎年金の国庫負担割合を2分の1に引き上げるには、2・3兆円が必要だが、その手当てはついていない。
  社会保障国民会議などの試算では、2025年にかけ、医療・介護の充実に年間10兆円以上の公費がかかる。年金の改革にも数兆円単位の費用が必要だ。

  これを放置していては、社会保障制度の将来が見えない。消費税を引き上げて恒久的な財源を確保してこそ、国民を安心させることができるというものだ。
  民主党は、最低保障年金制度の創設などを掲げるが、財源はあいまいだ。明確な財源を示し、与党と政策論争すべきである。』
.
2008.10.26 ☆医療・介護費 あるべき姿 どう考える
  25日、北海道新聞→

  『高齢化がピークに達する二〇二五年に、あるべき医療と介護のサービスを実現したとすると、どのくらいの費用が必要か-。
政府の社会保障国民会議が、その試算結果を公表した。 今の四十一兆円から九十兆円以上にまで膨らみ、追加財源として公費分だけでも十四兆円が必要との計算だ。

  この数字だけを見ると国民の理解は到底得られまい。国民会議も「さまざまな立場から議論が行われ、検証されていくことが望ましい」としている。
  将来の医療や介護の在り方を考える際のたたき台と位置づけるべきだろう。
  試算は、「緩やかな改革」「大胆な改革」「さらに進んだ改革」の三つのケースを想定、それぞれの利用者や施設、職員の数、そのための費用を推計した。

  いずれのケースも前提にしているのが、救急、手術などの急性期に医師や看護師を集中的に投入、入院期間を短縮させることだ。介護でもグループホームなど居住系サービスに力点を置いた。

  たとえば、欧州並みの「大胆な改革」を行った場合、一般病床の職員を現状の倍増にして手厚い医療を行い、急性期の平均入院期間を、現状の半減に当たる十日にする。

  介護の居住系サービスは現状の二十五万人分から六十八万人分にまで増やす。
  わが国の医療は、急性期とその後の回復期などとの機能がはっきり分かれていない。その結果、他の先進国と比べて病床数が多くなるなど、効率化が進んでいない。
  介護でも、住み慣れた地域の中で生活したいという利用者の希望は、十分にかなえられていない。

  そうしたことを考えると、改革の方向は間違ってはいないだろう。
  ただ、これらの推計は、あくまでも「割り切った大きな仮定に基づくもの」(国民会議事務局)だ。
実際には、介護職員の不足解消策や、医師の業務を看護師らに分担するための規制緩和など、いくつもの難問が横たわる。

  先進国の中では医療費が低く、一定の医療を受けられる今の制度に満足している国民も多いはずだ。
  もちろん、医療や介護の充実には費用がかかる。だが今、一つ一つの推計に対して、細かく評価するのは早計だろう。

  理想の医療と介護はどうあるべきか。そのための費用をどう賄うべきか。今回の公表を、みんなが考える機会にしたい。 推計結果が消費税増税の名目にされるならば、本末転倒だ。』
.
2008.10.26 ☆医療・介護費推計 せりふがない改革シナリオ
  24日、毎日新聞→

  『社会保障国民会議に「医療・介護費用のシミュレーション」が示された。「医療・介護サービスのあるべき姿」について、改革しない場合と3通りの改革シナリオを描き、医療費の伸びや賃金水準など、いくつかの仮定を設けて2025年の時点での費用を推計したものだ。「大胆な仮定に基づく推計」という位置づけなので、評価するには材料不足だ。この推計を基にして政府が国民に選択を迫るとすれば、それは意味のないことだ。

 政府が示したシナリオは、改革の中身が国民の望む内容になっているのか、実現可能性はあるのかなどの議論を行ってまとめたものではない。「あるべき姿をどう実現するかの議論はしていない。今後の課題」と政府は説明する。シナリオの表紙とあらすじはあるが、肝心のせりふがない、それが今回の推計だ。

 だとすれば、改革に伴う費用増を消費税で換算した数字に驚くことはない。肝心なことは改革の中身であり、費用負担にばかり目を奪われると、全体を見失うことになる。
推計に込められたメッセージは、高齢化のピークに向けて膨らんでいく医療・介護制度のあり方を同じ土俵で考え、改革に着手していこうということだ。それ以上でも、以下でもない。
後期高齢者医療制度の混乱、医師不足対策や緊急医療体制の問題、低賃金で過酷な労働によって離職が増えている介護人材の問題などが山積しており、医療・介護は危機的な状況になっている。こうした問題意識を国民が共有し、今後の社会保障のあり方について議論するひとつの材料が、今回の推計と考えればいい。

 三つの改革シナリオに共通する内容は、病気が発症したばかりで症状が激しい急性期の医療に対して、医師など医療資源を集中投入して早期治療、退院を促し、欧米に比べて長い平均在院日数を大幅に短縮させるというものだ。退院後は住み慣れた地域で暮らしたいという国民の意向を実現するために、グループホームやケア付き住宅などの居住系サービスを充実させ、それに必要な介護人材を増やすという。

 しかし、退院はしたが、自宅近くでリハビリや在宅介護サービスが受けられないケースも予想される。改革の結果、退院後に十分なサービスが受けられず医療・介護難民が急増することがあってはならない。「あるべき姿」を描くことは重要だが、現実を踏まえたものでなくてはならない。

 改革のための安定的な財源の確保も大きな課題だ。社会保障の財源をまかなう公費と保険料の割合をどう調整するのか。「大きな政府」にして多くを税でまかなうのか、「小さな政府」にして保険料を引き上げて国民に負担を求めるのか。この議論にも方向性を出す必要がある。』
.
2008.10.13 ☆高齢者虐待 介護者の孤立を防げ
  13日、信濃毎日新聞→

『家庭内で高齢者が虐待を受けた件数は、2007年度、1万3000件を超えた。27人が命を落とした。加害者は、いずれも介護していた親族だ。厚生労働省の全国調査の結果である。

この数字は氷山の一角とみるべきだろう。表面化していない虐待も含め、高齢者の命と尊厳を守る取り組みが急務だ。同時に、虐待してしまう家族のケアにも、力を注ぐ必要がある。

虐待者の多くは介護者だ。介護に疲れ、思い詰めて虐待に走るケースが少なくない。

介護保険制度が導入されたいまも、サービスを自由に利用できる環境が十分整っているとは言い難い。介護を家族に依存する現実がある。介護者が孤立しないよう、支える態勢が不可欠だ。市町村が中心となり、SOSを逃さない地域のネットワークを築くべきだ。

高齢者虐待の背後に、少子高齢化と晩婚化がある。

調査では、被害者は未婚の子と同居している世帯が、最も多かった。虐待していたのは息子が4割で、次いで夫、娘と続く。

被害者はおよそ8割が女性だ。介護の必要な人が7割を占め、認知症の症状が認められる人が4割超。虐待の矛先はより弱い存在へ向けられる。暴力を振るわれたり暴言を吐かれたり…。介護を放棄された事例も少なくない。

殺人や無理心中など、痛ましい事件も相次いでいる。

群馬県で昨年9月、「面倒をみるのに疲れた」と長男が介護を放棄して家出したために母親が死亡した。11月には兵庫県で、認知症の妻を1人で介護していた85歳の夫が、先行きを悲観して妻の首を絞めて殺害した。

長野県内でも今年1月、長女が寝たきりの母親の首を絞めて殺した後に自殺した。介護疲れをつづるメモが残されていた。

核家族化で負担は1人に集中し、密室化しやすくなっている。介護者が悩みを打ちあけ、安らげる場が欠かせない。

調査では、虐待の相談・通報者はケアマネジャーが多い。公的な福祉も含めて、家庭の外から常に人がかかわっていることが重要だ。介護者の負担を和らげるとともに、虐待の抑止や早期の発見にもつながる。

高齢者虐待防止法の施行から2年を経て、相談窓口はほぼすべての市町村で整った。求められるのはその先だ。地域の保健、福祉、医療の関係者が連携して、高齢者本人と介護者を支え、虐待を防ぐ仕組みを築きたい。』
.
2008.10.06 ☆介護報酬 支える人材に投資を
  6日、信濃毎日新聞→

  『在宅も施設も、多くの介護サービス事業所で、経営が悪化している。厚生労働省がまとめた2008年の介護事業経営実態調査から事業者の苦境が浮き彫りになっている。

経営を圧迫する一因は、人手不足が深刻化する中で、介護労働者を確保するために給与を引き上げていることにある。

だがそもそもの原因は、低く抑えられた介護報酬にある。2000年の制度開始以降、2度の報酬改定で、いずれも引き下げられた。給付費の伸びを抑えるためだ。

収益を上げるには、人件費を切り詰めるか、仕事量を増やすかしかない。その結果、低賃金に過重労働が重なり、熱意のあるスタッフも職場を去っていく-。介護の現場では、この悪循環が繰り返されてきた。

来年度、3度目の改定がある。報酬の引き上げをためらうべきではない。介護を支える人材をおろそかにしては、介護保険が現場から崩壊してしまう。

事業所の台所は苦しい。経営実態調査で収入に対する黒字の割合が3年前より増えたのは、認知症対応のグループホームなど一部にとどまった。特養ホームは黒字の割合が大幅に減り、ケアマネジャー業務は赤字幅が拡大。在宅の切り札として導入された小規模多機能型居宅介護も赤字となった。

収入に対する給与費の割合が上がった事業所が多い。それでも、賃金の格差は埋まらない。厚労省の07年統計では、全産業の給与額33万円に対し、介護職は21万円台だ。

全国の介護福祉士養成校などの入学者は減り続け、今春は定員の半数以下に落ち込んだ。「仕事はきついのに、見合う収入がない」と敬遠されるという。人材難は長期にわたるだろう。社会全体で、介護職の地位と待遇を改善する取り組みが欠かせない。

介護報酬を引き上げれば、給付費が膨らむのは必然だ。保険料の負担増となる可能性もある。必要なのは、逃げずに財源と負担のあり方に踏み込む議論である。

介護保険制度の出発点から、現状をとらえ直す視点も大事だ。「介護を社会で支える」という理念は、どこまで実現したのか。利用者はサービスを選べているか。地域の実情に合わせたサービス基盤は整ったのか。

その検証の上で、この先にどんな介護社会を目指すのか。その見取り図は、行政や事業者に任せるのでなく、まずは地域の住民自身が考えるべきものだ。』
.
2008.09.30 ☆高齢者医療 見直し論議を深めよ
  30日、信濃毎日新聞→

  『政府・与党が後期高齢者医療制度を抜本的に見直す方針を打ち出した。新たな制度の創設を検討するという。制度の導入から半年足らずで、180度の方向転換である。

  舛添要一厚生労働相が口火を切り、麻生太郎首相が追認した。麻生政権で自民、公明両党が交わした連立政権合意には「より良い制度に改善」と盛り込まれた。

  後期高齢者医療制度は、健康リスクの高い75歳以上の人だけを切り離すなど、土台の部分から問題がある。制度を変えることに異論はない。だが今回の方針転換は、あまりに唐突だ。何をどう「改善」するかも見えてこない。

  与党は具体策を練り上げて、総選挙のマニフェスト(政権公約)として示すべきだ。高齢者医療のあり方は、政権選択の判断材料にふさわしいテーマである。

  与党の腰は定まっていない。

  舛添厚労相は当初、制度の廃止に踏み切ると表明した。その後、「根回しがない」など与党内から猛反発を受けてトーンダウン。制度の根幹に手を付けるかどうかもあいまいになった。
周囲が驚くのも無理はない。厚労相はこの制度が始まった4月以降、「理念は間違っていない」と必要性を訴えてきた。それが突如の見直しである。

  野党4党は先の通常国会にこの制度の廃止法案を提出している。これに対する政府・与党の「廃止は無謀」との批判も、この見直しでつじつまが合わなくなった。
  制度への高齢者の怒りは今も収まらない。自民党の有力支持団体だった茨城県の医師連盟が先ごろ民主党候補の推薦を決めたのも、この制度への反発からである。

  10月から新たに保険料の年金天引きが始まる人たちがいる。総選挙を目前に、与党への風当たりは強まると予想される。
選挙が迫る中で「見直し」を言い出されても、素直には聞けない。政府・与党は方針を転じた理由を丁寧に説明するところから始めるべきだ。

  見直しにあたっては、年齢で区切る今の制度の骨格から変えるのか、現役世代と高齢世代の負担の持ち合い方、公費投入のあり方をどう考えるか-がポイントになる。その前提として、将来にわたる高齢者医療のあるべき姿が描かれていなくてはならない。

  民主党の小沢一郎代表は医療保険制度の一元化を打ち出している。臨時国会で論議を深めるよう与野党に求める。』
.
2008.09.29 ☆政管健保分割 効率化で医療の充実を
  29日、中日新聞→

  『全国単一の政府管掌健康保険(政管健保)が十月一日から都道府県別の「協会けんぽ」に分割される。それぞれの地域の医療事情や加入者の意向を考慮したうえで効率的な運営が求められる。

 政管健保の分割は、医療制度改革の一環として二〇〇六年の法改正で決まった。
政管健保には中小企業の従業員と家族合わせて約三千六百万人が加入しており、三千五百近い医療保険の保険者の中で最大規模だ。
従来、国(社会保険庁)が保険者として運営してきた。十月以降は新たな保険者として公法人「全国健康保険協会」(協会けんぽ)が発足し、都道府県の支部ごとに財政運営される。支部長は民間から登用される。
国民健康保険(国保)のように市町村別に分かれていては財政基盤が不安定だが、反対に政管健保のように全国単一の組織では財政がどんぶり勘定に陥りやすい。分割されるのはこのためだ。

 政管健保の保険料率は現在、平均給与の8・2%で、全国一律だが、協会けんぽ発足一年以内に都道府県別の保険料率になる。都道府県ごとの年齢構成や所得水準の差を財政調整したうえで、それぞれの一人当たりの医療費の差を反映した料率に設定される。
例えば、人口当たりの病床数が多く、平均入院日数が長い高知県などは保険料率が全国平均よりも上がり、病床数が少なく入院日数が短い長野県などは下がる。
都道府県単位で医療費抑制を競わせる狙いが込められている。

 疾病の予防活動、早期発見・治療に力を入れ、無駄な医療費の削減が期待される。医療費抑制が行き過ぎると地域医療の低下に拍車をかけることになる。
政管健保も健保組合などと同様に、平均給与が伸びないため保険料収入が頭打ちになる一方、医療給付費が増え、単年度収支は〇七年度に赤字を記録して以来今後好転する見通しはない。

 積立金は底を突きつつあり、協会けんぽへの移行の際に保険料率の引き上げが予想される。四月から始まった高齢者医療制度への拠出金も今後増大することは間違いなく財政運営を圧迫する。

 各協会けんぽは、効率的な運用を迫られるが、医療水準と保険料率の兼ね合いは地域住民の合意のもとで決めるべきだ。
都道府県の保険料率の格差があまり広がるのは好ましくない。その場合には、理由を住民に説明し理解を得なければならない。』
.
2008.09.29 ☆後期高齢者医療 意味不明な「抜本的見直し」
  28日、讀賣新聞→

  『後期高齢者医療制度をめぐって、政府・与党が迷走している。
  舛添厚生労働相が、現行制度を抜本的に見直すとの方針を表明し、麻生首相も同調した。だが、「見直し」が何を意味するか判然とせず、与党にも反発が強い。自民党と公明党の政権合意では「高齢者の心情に配慮して、より良い制度に改善する」という表現にとどまった。

 すべての施策や制度は絶えず改善することが必要だ。しかし、抜本的見直しとは話が違う。
舛添厚労相は後期高齢者医療制度の見直しについて、ポイントを掲げている。加入者を年齢のみで区分しない、年金からの保険料天引きを強制しない、世代間の対立を助長しない、の3点だ。

 特に問題となるのは、年齢で区分しない、とする点だろう。
医療費が急激に増える75歳以上の人を対象に、統一した医療保険制度を作り、現役世代は様々な健保組合に属していても公平に高齢者全体を支えよう、というのが現行制度の精神である。

 「後期高齢者」という呼称が招いた感情的な反発に配慮するあまり、年齢区分そのものを否定するのならば、制度の根幹から作り直さなければならない。
何歳になっても働き続けている人は現役として企業健保に所属できる、というのなら、選択肢を広げるだけで制度改善の範疇(はんちゅう)だ。
全く次元の異なる話であり、同じ「見直し」とは呼び難い。
世代間の対立を助長しない制度をめざす、という点も意味不明である。昨年度までの老人保健制度は、世代間の負担のルールがあいまいだったために、行き詰まったのではなかったか。

 舛添厚労相は、有識者会議に一から議論を委ねるという。不透明な論点があまりに多い。
麻生内閣発足に合わせて読売新聞が行った世論調査では、自公両党が後期高齢者医療制度の見直しに合意したことを67・5%の人が「評価する」とした。現状に対する不満を反映した数字だろう。

 だが、明確な展望を示さないまま、漠然と「見直し」を唱えるだけでは総選挙をにらんだ人気取りとしか見えない。これでは政府・与党は、代案を出さずに「まず現行制度を廃止せよ」と主張する野党を批判できまい。

 高齢者医療を含め、社会保障制度改革で必要なのは長期展望である。選挙が近づくごとに右往左往していては、そのたびに国民の不安と不満が蓄積される。』
.
2008.09.21 ☆介護報酬改定 財源の論議をしっかりと
  21日、山陽新聞→

  『介護保険制度に基づき、来年度の介護報酬改定の在り方などを協議する厚生労働省の社会保障審議会介護給付費分科会の議論が本格的に始まった。来年一月をめどに、改定の考え方などを厚労相に答申する。

介護事業者に支払われる介護報酬は三年に一回改定され、過去二回は連続して引き下げられた。その影響で事業者の収益悪化が目立ち、現場で働く人たちの待遇も悪くなって人手不足が加速するなど問題が表面化している。

舛添要一厚労相は今春、介護職の待遇改善のために報酬引き上げの意向を表明している。分科会では基本的にこの方針に沿った議論を進めることになるようだが、介護現場の窮状を考えると妥当な流れといえよう。

介護職の平均的な収入は全労働者平均の六割程度といわれる。お年寄りの入浴介助や夜勤など肉体的にきつい仕事も多い。労働実態に見合わない待遇に嫌気が差して転職したり、福祉系の学校を出ても介護職を選ばない若者が増えている。

政府はインドネシアからの介護職候補の受け入れを始めるなど、人材不足は深刻化している。外国人を安い労働力とみなすのではなく、日本人を含めた老いの支え手の確保、介護の質向上のために介護労働者の待遇改善は待ったなしの状況だ。

介護保険は四十歳以上の加入者からの保険料、税金、利用者の一部負担金などで賄う支え合いの制度である。過去二回の報酬引き下げは、利用者の伸びが予想をはるかに上回ったため、報酬総額を抑制するための措置だった。

今回、報酬を引き上げるとすれば、財源をどうするかが最大の課題となる。まず公費負担増や保険料アップが考えられる。だが、財政難の中で税金のさらなる投入は容易ではなかろう。

保険料については、例えば六十五歳以上の場合、制度開始の二〇〇〇年度の全国平均で月額二千九百十一円だったものが、〇六年度は四千九十円と改定のたびに上昇している。利用者の増加が原因だ。

別の方策として四十歳以上になっている保険料の徴収対象年齢を引き下げる案や、利用料の一律一割負担を所得に応じて支払う方式の導入なども検討に値しよう。

選択肢はいろいろあるが、それぞれのメリット、デメリットを国民にしっかり示しながら、財源論議を進める必要がある。少子高齢化が進む中で、介護だけでなく医療、年金という社会保障全般で財源問題は重要なテーマだ。各分野の整合性を図る視点も不可欠だろう。』
.
2008.09.15 ☆敬老の日 生きがいある社会こそ 介護労働者不足は深刻
  15日、北海道新聞→

  『高齢者が生きがいを持てる社会とはどんな社会だろうか。
長年培った経験を積極的に地域で生かす、仕事から解放され、残りの人生をゆっくり楽しむ…。
人によって求めるものはさまざまだろうが、生きづらさを感じさせない状況をつくることが、現役世代の務めだろう。今、それがなされているだろうか。
今年ほど高齢者をめぐる問題が注目されたことは、あまりなかったのではないか。

  四月に始まった後期高齢者医療制度の問題点が、次々と露呈した。
創設の大きな狙いは、国民医療費に対する高齢者世代と現役世代の負担割合を明確にし、全体の医療費を抑制することだった。高齢者が求める医療保険とは、そもそも本質が違った。
七十五歳以上の人を、他の医療保険から切り離したことに、「うば捨て山」との批判が出た。貴重な収入である年金から、保険料を天引きすることに、国民の怒りを買った。

  低所得者の保険料負担はおおむね従来より減少する-との厚生労働省の説明も、実態とは違っていたことがわかった。
こうした問題が続出したのは、厚労省の制度設計があまりに安直だったからではないか。
制度の創設が決まってから二年近くも準備期間があったのに、派生する問題に思いが至らなかった。「後期高齢者」という名称、「終末期相談支援料」の設定なども、高齢者の神経を逆なでした。
高齢者のことを真剣に考えていれば、欠陥ばかりが目立つ制度にはならなかったはずだ。

  高齢者を取り巻く社会の環境も厳しい。とりわけ、問題なのは介護労働者の慢性的な人手不足だ。
二〇〇七年度の介護職員の離職率は21・6%だ。全産業平均の16・2%(〇六年度)を大きく上回る。
夜勤や入浴介助など仕事の厳しさの割には賃金が全般的に低いのが、離職の主な理由だ。
この問題も、財政再建のため、介護報酬が二回続けて減額改定されたからにほかならない。介護の現場が荒廃すれば、高齢者の生活の質に直結する。ここでも、優しさは感じられない。

  今の高齢者が生まれたのは戦前・戦中の時代だ。戦後の混乱期を生き抜き、日本の高度経済成長を支えてきた。その経験には、学ぶべきことが多いはずだ。
  敬老の日の精神は、長年社会に尽くしてきた人々に感謝することだろう。その意味を、あらためて確かめ合いたい。』
.
☆敬老の日 老後の安心を揺るがすな 混乱の後期高齢者医療、年金も不安
 15日、山陽新聞→

  『きょうは「敬老の日」である。各地でお年寄りの長寿を祝う敬老会などの行事が行われる。地域で盛り上げ、楽しい催しにしてもらいたい。食事の質の向上や医療技術の発達などで、日本の高齢者の数はどんどん増えてきた。総務省がまとめた十五日時点の推計人口調査によると、六十五歳以上の高齢者人口は二千八百十九万人で、前年より七十六万人増加し過去最高を更新した。

  総人口に占める割合(高齢化率)は22・1%となり、前年より0・6ポイント上昇した。百歳以上の高齢者は、今月末時点で過去最多の三万六千二百七十六人になる見込みだ。寿命が延び、長生きする人が多くなる社会は喜ばしい。その中で一段と問われるのは、超高齢社会における生活の質だろう。医療、年金などの分野で「老後の安心」が何より重要だが、最近は政治や行政がそれを揺るがす由々しい事態が相次いでいる。

混乱続く後期医療
  問題の最たるものは、今年四月に始まった後期高齢者医療制度だろう。七十五歳以上の人を切り離した医療制度をつくり、負担と給付の関係を明確にしようとした。合わせて無駄な医療や投薬を抑制する狙いもあった。
   しかし、制度開始と同時に混乱を極めた。保険料負担について、厚生労働省は基本的に増えないとしていたが、家族構成などによって負担増になる人がいることが分かった。年金からの保険料天引きや、終末期の医療をどうするか選択する新たな制度などにも批判の声が上がった。
  政府は問題が指摘される度に、減免措置や凍結などさまざまな対応策を講じてきた。一時しのぎで失敗を取り繕うやり方を「弥縫(びほう)策」というが、まさにこの言葉がぴったりの対応としか思えない。

  そもそもなぜ七十五歳という年齢で区切るのか理解に苦しむ。例えば終末期の医療選択制度は、年齢にかかわらず大切な考え方だが、七十五歳以上だけを対象にするから反感を買うのは当然である。約二年も準備期間があったのに、混乱を招いたのは明らかに政府の責任だ。白紙に戻し、少子高齢社会の中で持続可能な医療制度の在り方を議論し直すべきではないか。

年金も不安だらけ
  早期の衆院解散・総選挙含みで現在行われている自民党総裁選を見ながら、どうしても苦笑してしまうことがある。あのキャッチフレーズが全く聞こえないからだ。

「百年安心年金」である。与党は二〇〇四年の制度改正でこう見えを切り、成果を繰り返しアピールしてきた。だが、社会保険庁のずさんな業務によってキャッチフレーズは吹き飛んでしまった。誰のものか分からない「宙に浮いた年金」や、保険料を払ったのに記録が残っていない「消えた年金」などの問題が相次いで表面化した。最近では、厚生年金の算定基礎となる標準報酬月額の改ざんも正式に明らかになった。

  問題解決の見通しは立たず、国民の怒りは収まらない。一連の問題は社保庁の組織や職員の体質に起因しているが、制度自体に不安を抱く人は多い。

  将来、少子化などが進めば、給付水準が下がる仕組みが導入されているからだ。こんな制度で百年先まで安心できる国民が何人いるだろうか。

近づく総選挙
  医療の問題と同様、老後の安心を託せる年金制度の再設計が必要だろう。さらに国民の関心が高い介護保険制度は定着した感はあるが、老いの支え手である介護職の人たちの待遇改善が急務だ。民間任せではなく、政治の力も問われよう。近く予想される総選挙では、景気対策が大きな争点になりそうだ。確かに重要な課題ではあるが、老後の問題は高齢者だけでなく、中年や若い世代にとっても大切なテーマである。
 基本はそれぞれの年代、個人が所得によって相応の負担をして支え合うことだ。その調整を図り、できる限り不満を小さくするのが政治の責任といえる。

  総選挙になれば、与野党ともさまざまな高齢化対策を打ち出してくるだろう。納得できる社会保障の将来像が描かれているか、人気取りの政策か。冷静に見抜く視点をもって判断したい。』
.
2008.09.08 ☆有料ホーム まず届け出の徹底から
  8日、信濃毎日新聞→

  『老人福祉法で義務付けられている都道府県への設置届け出をしていない有料老人ホームが、長野県を含む15都府県で、少なくとも370施設に上る。

総務省の行政評価で、こんな実態が明らかになった。中には、都道府県が施設の存在自体を知らなかったケースもあった。

行政の監視の目や指導が行き届かないと、虐待などへの対応が後手に回る心配が高まる。

実際、無届けの施設で問題が相次いでいる。昨年、千葉県の施設で、入所者をおりや金具で拘束した虐待の疑いが浮上した。福島県では入居者を置き去りにして運営を放棄した施設もある。ずさんな運営の付けを負わされるのは、介護の必要なお年寄りである。

高齢者の一人暮らしや、老夫婦世帯は増えている。特別養護老人ホームは待機者が多く、「ついのすみか」として有料老人ホームの重みは今後、さらに増していく。

安心して利用できるホームにするために、まずは届け出を確実にする手だてを講じたい。都道府県が施設の存在を把握できるよう、市町村を含めた関係者が知恵を絞るときだ。

有料老人ホームは、2000年度にスタートした介護保険とともに急成長してきた。介護職員と設備を充実させると、ホームが提供する介護サービスが保険給付の対象となることも追い風となった。

一方で、自治体の窓口や消費生活センターに苦情や相談が寄せられてもいる。施設によってサービスの質にばらつきがあり、契約時の説明と入居後に提供されるサービスの内容が異なる、前払いした一時金が退去時に返ってこない-といったトラブルが絶えない。

厚労省が06年度の老人福祉法改正で、小規模のホームにも届け出を義務付けたのは、こうした事態を受けての措置である。

施設側が届け出をしないのは、経営基盤が弱く、行政から施設の改修や職員配置の改善を求められても、対応できない事情があるのかもしれない。

ホームには、高齢者の暮らしを支えている責任がある。第1にそれを自覚すべきである。

行政の側から無届けの施設を探し出すのは難しい面もある。見た目はマンションでも実態は老人ホームという集合住宅も増えている。地域をよく知る市町村や事業者との連携を密にして、把握に努めるほかない。

届け出を出発点に、施設運営の透明性を高め、利用者に情報を提供していく仕組みが求められる。』
.
2008.09.02 ☆医師の増員 不足の実態にどう対応
  2日、北海道新聞→

  『大学医学部の定員を、将来は現在の一・五倍に当たる一万二千人程度にまで増やすべきだ-。厚生労働省の検討会が提言した。
地域医療の崩壊が叫ばれるなか、医師の増員は当然だろう。
文部科学省と連携をとりながら、目標年次を定めるなどして、できるだけ早く、提言を実現するよう、厚労省に求めたい。

 日本の医師不足は深刻だ。

 二〇〇六年の人口千人当たりの医師数は二・一人にすぎない。米国の二・四人、ドイツの三・五人など他の先進国と比べて、少なさが目立っている。
提言は、経済協力開発機構(OECD)加盟国平均の三・一人まで引き上げる必要があるとした。
医師は単に偏在しているだけだ、と厚労省は従来、医学部の定員を抑制してきた。しかし、各地から医師不足を指摘する声が続出し、六月に方針の転換を打ち出した。

 これを受け、文科省も来年度の大学医学部の総定員を、本年度より七百七十人増やし、過去最多の八千五百六十人とする方針を決めた。
それでも提言より三千人以上少ない。今後の具体的な増員計画を、早急にまとめる必要があろう。学生増に伴い、質の高い教育を確保するため、教員の増加や教育施設の充実も欠かせないはずだ。

 もちろん、医師の全体数を増やしただけでは、地域医療の改善につながらない。大都会への医師の集中、診療科によって大きく異なる医師の充足度の双方を解消しなければならない。
地方での医師不足を加速させたのは、〇四年に始まった新人医師の臨床研修制度だ。
自由に研修先を選べるようになった結果、都市の民間病院に新人医師が集中した。その玉突きで、医師不足に陥った大学病院が、地方の病院に派遣していた医師の引き揚げを続けている。

 研修制度の見直しを急ぎたい。厚労省は近く、制度の見直しに向けた検討会を、文科省と合同で発足させる。新人医師の意思を尊重しながらも、各地に満遍なく配置できる仕組みを作ってほしい。

 診療科では産科、外科、救急などで医師の不足が顕著だ。高度な技術習得が必要なうえ、時間外診療が多いためで、勤務医を辞めて、開業に転じる医師が後を絶たない。それがさらに、勤務医の労働を過酷なものにさせている。
離島などへき地の勤務医も含め、これらの医師への支援制度が必要だろう。もはや、地域の安心医療を「医師の使命」だけに頼る状況ではないのだ。』
.
2008.09.01 ☆健保組合解散 付け回しが限界にきた
  1日、信濃毎日新聞→

  『国民健康保険の支援どころか、共倒れになりかねない事態が進んでいる。

 物流大手、セイノーホールディングス(岐阜県)のグループ企業31社でつくる「西濃運輸健康保険組合」が解散した。4月の高齢者医療制度の改革によって、制度を支えるための負担金の拠出が膨らみ、耐えきれなくなったためだ。加入者は、主に中小企業が入る国の政府管掌健康保険(政管健保)へ移った。

  西濃健保だけではない。多くの組合が苦境にある。本年度に入り、既に12組合が解散した。

  高齢者が多い国保の財政は、深刻な赤字に陥っている。このため現役世代の健保組合が、実質的に支える仕組みになっている。

  だが安易に付けを回すやり方では、健保組合の運営が早晩、破たんする。相次ぐ解散は、政策が招いた構造的な問題だ。

  健康保険組合連合会によると、高齢者の医療費への負担金は本年度、前の年度に比べて約5000億円増えた。全国約1500の組合のうち、9割が赤字となる見通しだ。

  年度の途中で保険料率を引き上げる組合もある。料率が政管健保の8・2%を上回れば、解散が視野に入るのは自然の流れだ。

  問題は、65-74歳の「前期高齢者」の医療費にある。この春の制度改革で、国保や健保組合などで財政調整して持ち合うことになった。実際には、国保を健保組合などが支援している。さらに政府は本年度、政管健保に出している国庫負担を、健保組合などに肩代わりさせる方針だ。

  政府には公費を投入しにくい事情がある。小泉政権下の2006年に、社会保障費の抑制方針を定めているからだ。07年度から毎年、自然増を一定部分、機械的に圧縮している。

  財政再建は重要である。だが数字合わせに終始するあまり、社会保障の分野にさまざまなゆがみが生じている。財政難の健保組合が政管健保へ移れば、国の支出は増える。これでは本末転倒だ。

  健保組合には大企業のほか、食品や印刷など業種ごとに企業が集まっている組合も少なくない。積み立ててきた保険料で、その業種ならではの保健事業を展開している。本来、政府の支援があってしかるべき仕事である。

  少子高齢化の実情とかけ離れた抑制方針は限界にきている。財源の問題に踏み込んだ医療保険制度の設計のやり直しが必要だ。まずは公費投入を含めて、支出の大胆な組み替えを検討したい。』
.
2008.08.25 ☆健保組合解散/やはり抜本的見直しが要る
  25日、河北新報→

  『4月に実施された高齢者医療制度改革の「ひずみ」が、あらわになってきている。大企業の従業員らが加入する健康保険組合で相次ぐ解散が、それだ。本年度は既に前年度と同じ12組合に上る。解散せざるを得なかったのは、制度改革で高齢者医療を支える負担金が大幅に増えたのが一因だ。

  財政再建に向け公費負担の削減を目指す政府が、各医療保険制度間の格差是正を図る「財政調整」の名のもと、負担を健保組合に押し付けた結果だ。それは、財政調整という小細工では立ちゆかなくなりつつある現行医療保険制度の限界をも示す。

  医療を含む社会保障制度の抜本改革がどうしても必要だ。
  8月1日付で解散した物流大手、西濃運輸(岐阜県)を中核とするグループ各社の健保組合。負担金は前年度より約22億円、6割以上も増えた。それを補うには保険料率を現行の8.1%から10%超へ引き上げる必要があり、それに耐えられないと判断したからだ。

  解散後、加入者が移行したのは国が運営し中小企業の従業員らが加入する政府管掌健康保険だ。保険料率は8.2%。負担増はわずかで済む。無理して健保を維持する意味もない。そんな切羽詰まった選択を強いたのが4月の医療制度改革だ。

  関心が集まったのは75歳以上が対象の後期高齢者医療制度で、保険料の負担増や天引きが批判の的となった。が、同時に、65―74歳が対象の前期高齢者医療制度も整えられ、両制度に健保組合などが拠出する負担金制度も導入された。

  旧老人保健制度でも75歳以上に対する負担はあった。だが、大幅に増えたのは前期高齢者に対する負担だ。従来は退職者に限られていた支援対象が、高齢者率が高い国民健康保険の加入者らにも広がったためだ。

  この制度改革で、高齢者だけでなく、働く現役世代の負担もぐっと増したのだ。
  少子高齢化が進む中、現役世代が一定の高齢者医療費を負担するのはやむを得ないとしても、健保組合が解散するというのはどうも腑(ふ)に落ちない。高齢者医療に公費負担を増やせば避けられた事態だろう。政府にとって、その代償は軽くない。

   健康保険組合連合会は本年度、負担増から全国約1500の組合のうち9割が赤字になるとみる。医療制度改革の狙いの一つに、政管健保への公費負担(年間約8300億円)の削減もある。解散し政管健保に移行する西濃健保のような例が今後も相次げば、逆に公費負担が膨らむという結果を招きかねない。

  健保組合解散というほころびが、現行保健医療制度の破たんにつながりはしないか。公費を含め、医療保険の負担の在り方が厳しく問われている。』
.
2008.08.24 ☆健保組合解散 限界超えた社会保障費の削減
  23日、讀賣新聞→

  『社会保障費の削減路線の無理が、いたるところで生じている。大企業が自前の健康保険組合を解散する動きもそうだ。
物流大手「セイノーホールディングス」のグループ企業31社でつくる「西濃運輸健康保険組合」が解散し、加入者は、主に中小企業従業員向けの政府管掌健保に移ることになった。

  母体企業の経営事情とは関係なく健保組合が解散するのは、極めて異例だ。政管健保の方が、企業も加入者も保険料負担が軽くなるというのが、その理由である。背景にあるのは、新しい高齢者医療制度が始まったことに伴う負担増だ。

 高齢者医療の制度改革は、75歳以上の「後期高齢者」に関するものだけでなく、65〜74歳の「前期高齢者」についても実施された。方式は異なるが、いずれも、現役世代が加入する健保組合が費用の一部を負担し合う。後期高齢者に対する支援は、昨年度までの老人保健制度でもあった。しかし前期高齢者医療への負担は新しく加わった。

  西濃運輸健保の場合、現行の保険料率は8・1%だが、高齢者医療に関する負担増により、10%以上に引き上げねば運営できない。政管健保に移れば保険料は一律の8・2%で済む。

  無論、西濃運輸健保だけの問題ではない。今年度は約1500ある健保組合の9割が赤字となる見通しだ。政管健保を上回る水準に保険料を上げざるを得ない健保組合は、解散を検討するだろう。政管健保への移行が続けば、国が政管健保に出している年間約8000億円の負担金も膨らむ。

  「健保解散」現象の根本的な原因は、国の社会保障費削減路線にある。市町村が運営し、高齢者の大半が加入していた国民健康保険の財政破綻(はたん)を回避するのが制度改革の眼目だが、同時に公費は抑制するというのだから、ツケは健保組合に回る。
高齢者の保険料負担と同様に、健保組合の負担も限界である。

  政府は社会保障費を毎年2200億円抑制する路線を維持するために、政管健保への国庫負担金のうち750億円を健保組合に肩代わりさせる法案も国会に提出している。多くの健保組合は、耐えられないのではないか。もはや、社会保障費の削減路線とは明確に決別すべきである。

  消費税を社会保障目的税として税率を引き上げ、超少子高齢社会に必要な財源を確保しなければならない。』
.
2008.08.17 ☆社説 患者第一の医療へ効率化を推し進めよ――医療・介護の再生に向けて<上> (医療)
  16日、日本経済新聞→

 『へき地の医師不足、介護人材難など社会保障の土台である医療と介護を支える基盤が揺らいでいる。ほかの先進国に例をみない急速な少子化や長寿化も加わって制度そのものの持続性も危うい状況になってきた。

  医療と介護の現場では社会保障費の膨張を圧縮しようという政府の考え方に異を唱える声が強まり、政治の場でも与野党を問わずそれに呼応する勢力が増えた。今後、必要になる医療と介護の財源を着実に確保するために、社会保険料や消費税などの引き上げはいずれ避けられない。

将来世代の負担抑えよ
  貧困家庭など経済的な弱者のための安全網にほころびがないか否か、再点検することも不可欠だろう。

  しかし医療、介護という公的な制度には患者や制度の利用者、また一般の国民の目に付きにくいところに効率の悪さが温存されているのも事実だ。患者や国民が将来の負担引き上げを受け入れる素地を整えるためにも、まず、そうした無駄の一つひとつを効率的に直してゆく作業を徹底させなければならない。

  2007年度の医療費(概算)は33兆4000億円と、過去最高を更新した。前年度比3.1%増、額にして約1兆円の増加だ。概算医療費は労災にともなう医療費などは含んでいないが、国民医療費の98%をカバーしている。07年度は大きな制度改革や診療報酬改定の影響を受けなかったので、比較的高い伸びになったと厚生労働省は説明する。

  国民医療費のうち、患者が病院や診療所に直接払う「窓口負担」を除く医療給付費について、政府は将来の抑制目標を示している。06年度予算ベースの給付費は28兆5000億円。自然体で増加すれば高齢化の当面のピークである25年度に56兆円(名目値)に倍増するが、06年成立の一連の医療制度改革法の効果によって48兆円に抑える。

  給付費が国民所得に占める比率は06年度の7.6%から25年度に8.8%に高まる。これは制度改革を徹底させても日本経済の成長ペースより医療費の増加ペースのほうが高いことを示している。高齢化の加速を考えればやむを得ない面もあるが、一方で医療給付を支える現役世代の人口は少子化で減る一方だ。

  現役で働く人やこれから社会に出てゆく若者らの負担を過重にしないためにも、もう一段、給付費を圧縮する方策を考える必要がある。その際に重要な視点は、患者に強い痛みを強いない策を矢継ぎ早に講じることだ。具体例を3点挙げる。

  第1は、後発医薬品、いわゆるジェネリックの普及促進だ。大手メーカーなどが開発・販売する新薬と成分や効き目はほぼ同じだが、新薬の特許有効期間が切れた後にほかの医薬品メーカーが製造するために、開発費を大きく抑えられる。薬価は新薬の30―70%程度で済む。

  04年度時点の数量ベースの使用率は約17%。内閣府の試算によると、これを欧米並みの40%に高めれば医療費を毎年度2900億円程度、抑える効果がある。医師も患者も「安かろう、悪かろう」という固定観念を捨てることが大切だ。

  第2は、病院・診療所が健康保険組合などにあてて発行する診療報酬明細書の電子化を早急に完成させることだ。IT(情報技術)を応用することで治療法の標準化に役立つばかりか、特定の医師による過大請求が即座に見抜けるようになる。

電子化3年もかけるな
  明細書の発行枚数は年間約18億枚。その審査・支払いを担当するのが社会保険診療報酬支払基金だ。理事長など大半の常勤役員が厚労省・社会保険庁からの天下り組である。

  医科・歯科の明細書の場合、同基金に入る審査・支払手数料は一枚あたり約114円。この手数料も健保組合などが医療費として負担している。政府は審査・支払業務を11年度に完全電子化する方針だが、天下り組織のリストラと医療費圧縮に直結する電子化に3年も費やす余裕はない。早急に完成させるべきだ。

  第3は、重複検査などの是正だ。病院と診療所との連携を深めたり、ITを駆使して医療情報の開示を促したりすれば、検査や受診の重複はかなり少なくできるだろう。平均7日間を要する手術前の検査入院期間の短縮も課題だ。これらの適正化によって毎年度の医療費を最大で1400億円程度圧縮できるという。

  ほかにも課題は多い。診療報酬政策を過酷な勤務を強いられている病院医の技量を評価する体系へ根本から見直す、医師免許に更新制を導入する、公立病院の再編成を加速させる、などだ。いずれも患者は強い痛みを感じずに済む改革だ。世界に誇る日本の医療制度の持続性を高めるためにも断行すべき課題である。 』
.
------------------------------------------

☆社説 無駄を省き、介護人材を確保せよ――医療・介護の再生に向けて<下>(介護)
  17日、日本経済新聞→

 『介護保険制度がスタートして8年がたち、来春には3度目の介護報酬改定が行われる。だが、介護をめぐる状況は厳しさを増している。

  2008年度の介護給付費予算は約6兆7000億円。半分が保険料、半分が国・自治体の公費だ。2000年度の給付費は約3兆2000億円だったが、06年度は約5兆9000億円と急増した。当初は保険利用を控えていた人がためらわず使うようになった影響が大きく今後は落ち着くとみられているが、高齢化の進展を考えれば財政的に楽観はできない。

介護保険の厳正運用を
  1号保険者(65歳以上)の保険料は全国平均で月額4090円と、制度発足当初に比べ1000円以上増えた。2号保険者(40―64歳)の保険料も概算で2410円から4123円に上昇している。これ以上の保険料引き上げも難しい。

   加えてここ数年深刻になっているのが人手不足だ。介護施設の経営者からは「募集広告を出しても反応がない」の声がもれる。介護福祉系の大学や専門学校では定員割れが著しい。厚生労働省の調査では介護分野で働く人は06年は約117万人で、前年より4.2%増えたが需要に供給が追いつかない。有効求人倍率は全産業平均1.02に対し介護関連は1.74だ。

  背景には仕事の内容に比べて低い処遇がある。30―34歳の福祉施設介護員の男性の年収は平均約336万円。これに対しサービス業の男性は同年齢で468万円だ(07年賃金構造基本統計調査)。

  介護職員数は14年には140万―160万人が必要とされる。厳しい財政状況のなかで、介護人材の確保が緊急の課題になっている。

  対策の第1は介護保険の厳正な運用だ。必要な人に必要なサービスを届ける大切さはいうまでもないが、歩けるのに電動車いすが貸与されていたり、自分で動ける人にタクシーの介助費が払われていたりする例もある。厚生労働省は04年度から介護給付適正化に取り組んでいるが、ケアプランのチェックなどはまだ3割の自治体しか実施していない。

  年間2000億円にのぼる福祉用具貸与や住宅改修の費用をめぐっては、不当に高い料金を請求する例も指摘されている。不適正な請求は厳しくチェックし返還を求めるべきだ。

  要介護認定を受ける高齢者の割合や1人当たり給付費は自治体により違う。徳島県の1号保険者1人当たり給付費は06年度が27万円で、埼玉県(16万円)の1.7倍だ。施設介護や後期高齢者が多いなどの事情はあるが、格差が合理的か精査し問題があれば改善が必要だ。

  全国に13万床ある介護療養病床では高額な介護報酬が払われており、11年度末での廃止が決まっている。医療面に十分配慮しつつ、補助金で老人保健施設への転換を促し撤廃を確実に進めなければならない。利用者の意識改革も重要だ。

  第2は経営努力だ。企業の中には複合経営や大規模化、業務の見直しなどで利益を確保し職員の処遇を改善したり、人事考課や研修、キャリアアップの仕組みを取り入れたりして人材の定着を図っているところもある。ところが、07年度「介護労働実態調査」では4割の事業所が経営効率化の努力をしていなかった。介護保険は本来、民間活力の活用を基本にしている。足腰の強い優良な介護提供者が育つ環境を整備することも大切だ。

海外人材の参入も視野
  とはいえ小規模事業主や非営利法人では職員の給与を上げようにも余力がないとの声が強い。となれば最後は制度の見直しに進まざるをえない。訪問介護や重度の介護を中心に介護報酬を上げる必要もある。無駄を省いて浮いた財源をあてるべきだが、足りなければドイツのように要介護度が軽度の人を事情がない限り保険の対象からはずすことや徴収者(現在40歳以上)の拡大、保険料引き上げなども検討せざるをえない。その場合は、国民として何を選択するか冷静な議論が必要になる。

  より多くの人材を呼び込むために、参入のハードルをできるだけ低くすることも大切だ。地位向上のためとはいえ介護福祉士の資格取得に一律に難しい国家試験を義務づけるような厚労省のやりかたは、そうした流れに逆行していないだろうか。

  それでも人材が足りなければ、海外から来てもらうしかない。その場合も、処遇を改善し魅力的な受け入れ態勢を整える努力が必要だ。インドネシアからの看護師・介護士の受け入れは当初計画の半分にも満たない。優秀な人材の獲得は国際競争にもなっている。何が障害だったのか。日本に来たいと思う環境づくりを今から考えておく必要がある。』
.
2008.08.11 ☆厚生労働白書 働きづらさ どう改める
  11日、北海道新聞→

  『だれもが意欲や能力に応じて働ける社会をつくり、それでもなお、生活基盤を確保できない人の社会保障はどうあるべきか-。
今年の厚生労働白書は「生涯を通じた自立と支え合い」のタイトルで、就労と社会保障制度の関係をテーマにした。

  白書が力点を置いたのは、子育て支援や雇用対策など、現役世代を対象にした施策の必要性だ。それだけ、今の社会は働きづらい状況にあるということだろう。
その最たる例と言えるのが、出産などに合わせて仕事を離れる女性の多さであり、不安定な立場にある非正規労働者の増加だ。

  少子化の影響で、わが国の就労者数は減少の一途をたどっている。このままのペースで進むと、二〇三〇年での全国の就労者は、〇六年より千七十万人も減少することが見込まれる。
仕事と子育ての両立の難しさから今、妊娠や出産を機に離職する女性が七割もいる。
  出産後も女性が安心して働き続けられる施策を講じなければ、女性の仕事への定着率は改善せず、少子化にも歯止めはかからない。

  白書は対策として、仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現、次世代育成支援の新たな枠組みの構築をうたうが、具体的な仕組みづくりは見えてこない。
  先に政府が発表した社会保障の緊急対策「五つの安心プラン」でも、認定こども園の導入促進に向けた財政支援や、児童の一時預かり事業の拡充など、少子化対策を盛り込んではいる。

  だが、必要となる財源についてはいっさい触れておらず、どれだけ実現できるかは不透明だ。
子育て支援を本気で考えるなら、まず、個別の事業について、目標年次や規模、財源を明示するべきではないか。
非正規労働者は、〇七年に千七百三十二万人にまで達した。〇三年以降、労働者全体の三割を超えている。賃金格差は拡大し、〇六年には年収二百万円以下の労働者が一千万人を超えた。

  政府は、ワーキングプア(働く貧困層)の温床とも言われる日雇い派遣を原則禁止する方針を打ち出しているが、白書が示す「意欲と能力を最大限発揮できる雇用の確保と環境整備」は、まだ不十分だ。

  白書を読んで気になった点がある。「社会保障を含む歳出全般にわたる抑制努力」「給付の効率化等」などの表現があることだ。
社会保障は当然、給付と負担のバランスで成り立つが、最初に給付の抑制ありきでは困る。』
.
2008.08.10 ☆厚労省改革 国民や現場と意識を共有せよ
  10日、讀賣新聞→

  『社会保障への信頼回復は、内閣を挙げて取り組むべき課題だ。

  政府の有識者会議「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」がスタートした。先月、舛添厚労相が打ち出した「五つの安心プラン」に掲げられた「国民の目線に立った厚生労働行政の総点検」を始動させるものだ。

 有識者会議は当初、厚労省に設置される予定だったが、首相官邸の会議に格上げされた。
当然の措置だ。改革されるべき厚労省が取り仕切るのでは、信用されない。「国民の目線に立つ」ための基本中の基本であろう。
総点検、というからには、厚労省の組織の在り方を、すべて俎上(そじょう)に載せなければならない。

 社会保険庁の不祥事、ずさんな年金記録、エイズや肝炎など薬害問題の対応の遅れ、後期高齢者医療の混乱、医師不足など現状認識の甘さ――。厚労行政の不始末はキリがない。なぜ、このような状態になったのか。

 最大の原因は、現場感覚の欠如だろう。医療や福祉の現場、自治体などから、「厚労省のエリートは第一線の実情を知らない」との声が噴出している。
厚労省のキャリア官僚が自治体などの現場に出向するのは、大半が若手時代の一時期に限られる。審議会を通じて関係者の声を吸い上げるだけでは、皮膚感覚で問題を共有することはできまい。

 さらに、医師の資格を持つ「医系技官」という特殊な官僚グループもある。医療行政には高度な専門知識が必要とはいえ、独善に陥りがちだ。
人事制度を大胆に見直す必要がある。事務官と医系技官の壁を取り払うことはもちろん、自治体や医療現場などと、あらゆるレベルで多数の人材を交流させるべきであろう。
国民に対する説明力、発信力も貧弱過ぎる。後期高齢者医療の混乱ぶりがいい例だ。
制度の目指す方向性は良いとしても、高齢者の気持ちに配慮して、丁寧に理解を求めようという発想もなければ、態勢もなかった。こうした姿勢を改めない限り、何をしても、国民は不満と不信を抱き続けるだろう。

 役所の立て直しだけでは不十分なことも忘れてはならない。
厚労省の施策が右往左往し、信頼されないのは、社会保障の確固とした財源が確保されていないためでもある。組織改革と同時に、社会保障税の導入など、制度改革も急がねばならない。』
.
2008.07.31 ☆療養病床 無理な削減は避けよ
  31日、信濃毎日新聞→

  『療養病床の削減を進めている厚生労働省が35万床を15万床まで減らすとした当初の目標を修正し、22万床を残す方向へ転じる見通しとなった。

介護施設やケアハウスなどの「受け皿」が、地域に不足している現状では、療養病床から退院した患者の行き場がなくなってしまう-。そんな声が医療の現場から出ているためだ。

療養病床には、主に慢性疾患の高齢者が長期で入院している。家庭の事情で入院している「社会的入院」も少なくない。

療養病床削減の目的は、長期入院を減らし、医療費を抑制することにある。医療の必要度の低い高齢者は、介護で支えていくのが本来望ましい。削減の考え方そのものは一定の説得力をもっている。

であればこそ、厚労省は数値目標を掲げる前に、十分な受け皿を用意するべきだった。政策を進める順序が逆である。

地域医療の現場を混乱させ、患者や家族の不安を招いたことを、厚労省は反省してもらいたい。

そもそも進め方が強引だった。

療養病床には医療保険を使う医療型と、介護保険を使う介護型がある。ここ4、5年の間に、医療型23万床を15万床に減らし、介護型12万床を全廃する計画だった。

約6割という急激な削減である。現場に動揺と混乱を生むのは避けられない。

厚労省は削減を促すために、療養病床の診療報酬を引き下げた。この結果、収益悪化で閉院する医療機関や、退院を迫られる患者が相次いだ。

厚労省の姿勢には、ちぐはぐな面も目立つ。

特別養護老人ホームはどこも満杯状態だ。受け皿を広げるには、在宅の療養・介護の基盤整備が欠かせない。だが、06年度の介護保険制度改正では、在宅介護サービスの利用も制限された。

介護型の療養病床は2000年度の介護保険制度開始で導入されたばかりだ。それが10年余りで廃止になる。相次ぐ政策変更に不信感を抱く医療機関が少なくない。病床削減が進まない一因だ。

厚労省が給付抑制に走るあまり、サービスが使いにくくなり、制度は後退する。これでは本末転倒である。

22万床という新たな目標は、各都道府県の計画の積み上げに基づく数値という。これも実際に削減を進めていくときは、地域の事情に丁寧な目配りが必要だ。国が押しつけるべきではない。』
.
2008.07.24 ☆介護労働 処遇の改善が急務だ
  28日、中日新聞→

  『高齢者によい介護を提供したいと意欲的な介護従事者は多い。にもかかわらず離職が多いのは、厳しい労働の割には給料が低いためだ。仕事に見合う処遇にし、安心して働けるようにすべきだ。

  介護保険制度が二〇〇〇年に始まった際、ホームヘルパーや介護福祉士などは高齢者介護を担う重要な人材としてもてはやされた。

  都道府県認可のヘルパーの養成講座には多数の受講者が参加し、国家資格の介護福祉士を目指す専門学校や大学には多くの若者が夢を抱いて入学した。

  厚生労働省の「介護労働者の確保・定着等に関する研究会」がまとめた中間報告は、その様相が大きく変わったことを示している。
介護福祉士の資格を取得しながら実際に介護・福祉の現場で働いているのは六割弱の二十七万人にすぎない。専門学校では定員割れが相次ぎ、大学の社会福祉系学部でも入学者は定員ぎりぎりだ。

  これほど人気がなくなったのは「仕事内容の割には給料が安い」「仕事への社会的評価が低い」など労働条件がよくないことが広く知られるようになったからだ。

  常用労働者の給与は、男性の場合、全産業平均で三三・七万円だが、介護関係では二一・四万円と十二万円以上も低い。女性の場合も同様に低水準である。

  他産業に比べて賃金カーブにおける上昇率が低いのも特徴だ。
  一年間の平均離職率も全産業平均が16・2%だが、介護では21・6%と高い。勤続三年未満の離職は75%に達する。離職が多い最大の要因は処遇の悪さだろう。

  介護従事者数は二〇〇〇年の五十五万人から〇六年には百十七万人に増えたが、要介護の高齢者の増加、介護期間の長期化などで、数年後には最大百六十万人が必要とされる。これだけの人数を確保・定着させるには、介護職場を魅力あるものにしなければならない。

  先の国会では、介護従事者の処遇改善法が全会一致で成立した。 この具体化の一環として来年四月の三年ぶりの介護報酬改定では思い切って介護報酬を引き上げるべきだ。そのために財源のめどをつけておくべきである。

  介護現場では、介護技術向上のための研修体制、介護能力の給与への反映も不十分である。小規模事業所ほどこの傾向が強い。こうした労働環境も改善すべきだ。
救いは介護従事者の多くは介護業務に「働きがい」「やりがい」を感じ、長く続けたいと思っていることだ。その意欲に報いたい。』
.
2008.07.22 ☆医師不足対策 増員だけでは10年かかる
  22日、讀賣新聞→

  『医師不足を解決するには、相当に思い切った対策が必要だろう。
厚生労働省がまとめた「安心と希望の医療確保ビジョン」を具体化するための有識者会議が発足した。
厚労省は新ビジョンで、医師の養成数をこれまでの「抑制」から「増員」へと方針転換した。
医学部の入学定員を現在の約7800人から、どこまで増やしていくのか。有識者会議はまず、これを明示する必要がある。
医師数の抑制方針がとられる以前は、最大で年間8300人の医師を養成していた。ピーク時の水準までは早急に回復させるべきだろう。その上でさらに増員するのか、展望も示さねばなるまい。

  だが、医学部の入学者が一人前の医師になるまでには、10年程度かかる。増員計画と同時に、即効性のある対策も不可欠である。
喫緊の課題は、新人医師の臨床研修制度の改善だ。

  かつて新人医師の大半は、大学病院の医局で研修していた。しかし、専門分野に偏った医師が育つ弊害が目立ったために、一般病院でも研修できるようになった。

  若い医師に幅広い臨床能力を身につけさせるという、制度の目的は理にかなっている。
ところが、研修医が予想以上に減って人手不足となった大学病院が、自治体病院などに派遣していた中堅医師を引き揚げた。
これが急激な医師不足現象の大きな要因である。研修医の多くは都市部の病院を研修先に選び、医師偏在に拍車もかけつつある。

  これを改めるには、研修先の選択方法に工夫が求められる。各都道府県に満遍なく研修医が配属されるような定員調整が必要だ。
また、これまで大学の医局に医師派遣を頼ってきた自治体病院に対し、必要な医師を配置する仕組みや組織作りも重要である。
有識者会議は、診療報酬の在り方にも踏み込んでもらいたい。

  今日の医師不足は、言い換えれば「勤務医不足」だ。
総じて勤務医は、開業医より収入が低く、長時間勤務で医療に従事している。産科や小児科、救急など、昼夜を問わず診察を求められる部門は過酷だ。耐えかねた医師が開業医に転身している。
現状に歯止めをかけるには、勤務医向けの診療報酬を大胆に手厚くする必要があろう。開業医が交代で病院の夜間診療を応援する、といった取り組みにも、大いに報いるべきだ。

  本当に必要な医療に、財源を集中することが重要である。』
.
2008.07.14 ☆介護開国 人材育成の意識忘れず
  14日、北海道新聞→

  『インドネシアからまもなく、看護師と介護福祉士合わせて約三百人が来日し、医療や福祉の現場で働き始める。
人的交流などで経済の活性化を目指す両国間の経済連携協定に基づく来日だ。日本が初めて本格的に受け入れる外国人看護師、介護福祉士となる。

  私たちの社会は、急激な少子高齢化の渦中にある。各分野での外国人労働者の活用と、そのための施策が必要だ。開かれた国への第一歩として、今回の来日を歓迎したい。
  来日する三百人は半年間、日本語研修を受ける。その後は受け入れの医療機関や福祉施設で、日本人と同等の待遇で助手や研修生として実習を重ね、日本の国家試験に備える。
気がかりな点もある。
  看護師は来日から三年の間に、介護福祉士は四年以内に、国家試験に合格しなければならないことだ。
  合格できれば無期限で国内で働くことができるが、不合格だと帰国を余儀なくされる。合否のカギは、受け入れ施設での実習に掛かっているとも言える。

  受け入れ側は安易に、労働力の確保ととらえてはいけない。医療や介護の現場を支える人材を育てるという意識が必要だ。
  言葉の問題に加え、宗教面での配慮も欠かせない。インドネシアにはイスラム教徒が多い。食事をはじめとして、日常生活で実習生がとまどうことも少なくないだろう。
  周りの人が文化の違いを十分に理解し、温かく見守らなければならない。
  国も実習生への指導を、受け入れ施設に任せきりにせず、実習の実態把握などに努めるべきだろう。

  国内での看護や介護分野は、慢性的な人手不足に陥っている。背景には、夜勤の多さなど労働環境の厳しさと介護報酬の引き下げによる賃金の低さなどがある。

  国はこの面での是正にも力を入れるべきだ。外国人看護師、介護福祉士の定着につながるとともに、国内に潜在する人材の掘り起こしにもなるからだ。
  インドネシアとの協定では、今年から二年間で合わせて一千人を受け入れることになっている。今年の受け入れ枠は五百人だったが、同国内での周知が遅れたこともあって、枠を満たせなかった。

  来年以降には、同様の協定でフィリピンからも二年間で最大一千人の看護師と介護福祉士が日本にやって来る見込みだ。

  今回来日する三百人の実習が順調に進むことが、今後、日本の看護や介護の現場で働こうする外国人への呼び水となろう。 』
.
2008.06.29 ☆終末期医療 みんなで考える契機に
  30日、信濃毎日新聞→

  『後期高齢者医療制度に伴い新設された「終末期相談支援料」が、わずか3カ月で凍結された。きわめて異例の方針転換だ。

  自分はどのような終末期医療を望むのか、延命治療を希望するのか-。それを事前に意思表示する「リビングウイル」について、医師らが患者や家族と話し合って文書にまとめると、2000円の診療報酬をつける。それが終末期相談支援料の仕組みだ。

  厚生労働省の2003年の国民意識調査では、リビングウイルの考え方に6割が賛成している。にもかかわらず、相談支援料に対しては、高齢者らから猛反発が起きた。人の生き死ににかかわるデリケートな問題を、お金を介在させて後押しした厚労省の無神経さゆえである。

   ただ、これで終末期医療をタブー視してはいけない。医療の進歩によって、経管栄養や人工呼吸器など延命治療の選択肢は増えている。本人の意思が分からなければ、いざというときに医師の独断が入ったり、動揺している家族に悔いの残る選択を強いたりすることにもなりかねない。なによりも大事なのは、最期までどう生きたいのか-という患者本人の意思だ。そのために、一人一人が日ごろから終末期の医療について自らのこととして考え、家族と対話していくことが欠かせない。延命治療の選択は、なにも75歳以上に限らない。
本人の意思決定を尊重し、支える環境を整えていくことも、あわせて必要だ。多くの人は、住み慣れた場所で最期を迎えたいと望んでいる。だが、現実には在宅医療に踏み切れず、病院で亡くなっている。

  終末期を在宅で過ごすためには、在宅療養や介護サービスの手厚い態勢が前提となる。苦痛を除いて、残された人生の質を高める緩和ケアの充実も求められる。相談支援料のあり方について、厚労省に再検討を求めたい。

  相談支援料が導入された背景には、老人医療費が膨らむなかで、終末期の医療費を少しでも抑えたい、という思惑が透けてみえる。筋萎縮(いしゅく)性側索硬化症(ALS)などの難病患者や、重度障害者の間には、相談支援料が「無言の圧力」となって、延命措置を望まない-と意思表示せざるを得ない状況に追い込まれるのではないかという懸念も広がっている。

  いのちにかかわる選択を、診療報酬で画一的に促すやり方はなじまない。患者本位の仕組みを、時間をかけて探るべきだ。』
.
2008.06.24 ☆骨太方針原案 社会保障財源を明確に示せ
  24日、讀賣新聞→

  『社会保障を支える確かな財源を示さなければ、日本経済の将来展望を描いたとは言えない。
経済財政運営の指針となる「骨太の方針2008」の原案がまとまった。

  原案は、歳出改革だけでは対応しきれない社会保障などの負担増について、前年と同様、「安定的な財源を確保し、将来世代への負担の先送りは行わない」と明記した。消費税率引き上げの必要性を暗に示した形だ。
だが、消費税を含む抜本的な税制改革について「早期に実現を図る」にとどめ、具体的な展望を示さなかった。
先進国で最悪の財政を立て直し、これから急増する社会保障給付に対応できる制度を再構築せねばならない。消費税率引き上げの必要性について、もっと明確に示すべきではなかったか。

  もちろん、歳出削減による財政規律の維持も重要だ。歳出について「最大限の削減を行う」方針を堅持したのは妥当だ。予算の無駄遣いは後を絶たない。増税に国民の納得を得るためにも、歳出削減の手を緩めてはならない。
とはいえ、歳出の削減だけで問題は解決できない。

  基礎年金の改革は、社会保険方式の修正案で5兆円台半ば、消費税率にして2%強の新たな財源がいる。全額税でまかなう方式なら、4・5〜13%の税率アップが必要となる。

  医療給付は2025年度までに1・7倍、介護給付は2・6倍に膨らむ。この期間の国民所得の伸びは1・4倍にとどまる。給付の増大を、税の自然増収ではまかないきれない計算だ。

  深刻な医師不足や少子化への対応、国益を守るための政府開発援助(ODA)の戦略的活用など、予算を増やすべき分野もある。
過激なダイエットが体に悪いように、歳出削減も過ぎれば、副作用が出る。
医療や介護の現場は、過酷な労働と低賃金で疲弊しているが、報酬のアップもままならない。

  社会保障費は07年度から2200億円ずつ、5年で計1・1兆円削減される。原案は前年と同様、事情によっては削減額の一部を後年度に回す余地があるとした。しかし、歳入増のあてがなければ、安易な前借りは許されない。
一般に「増税よりも歳出削減が先」という主張はうけがいい。それをタテに、消費税率引き上げという「苦い薬」をためらい続け、改革を先送りすることがあってはなるまい。』
.
2008.06.24 ☆医師増員 偏在解消を急ぐべきだ
  24日、沖縄タイムス→

  『地域の深刻な医師不足に対処するため政府は、医師数の「抑制」という従来の方針を改め、計画的に「増員」していく考えを打ち出した。四半世紀ぶりの路線転換である。

  医師が過剰になったり、医療費が増えたりすることを懸念して政府は一九八二年、「医師数の抑制」を閣議決定した。
医師不足が社会問題化したことを受けて二〇〇六年、一部大学医学部の定員増を認めたが、その時にも「引き続き医学部定員の削減に取り組む」との一九九七年の閣議決定は変えていない。

  今回、九七年の閣議決定を見直し、「抑制」から「増員」への路線転換を打ち出したことは、医師不足解消に向けて政府が本腰を入れて取り組む姿勢を示したものと受け止めたい。むしろ遅過ぎたぐらいだ。
地域医療をむしばんでいる医師不足には、さまざまな要因が複合的に絡んでいる。
若い医師は先端の技術を学びたいという意向が強く、離島や辺地には行きたがらない。過重労働を強いられる病院勤務に嫌気がさして、条件のいい開業医に変わる医師も後を絶たない。訴訟リスクを抱える産科や小児科などは、敬遠されがちだ。

  二〇〇四年に新人医師の臨床研修制度が義務化され、都市部への研修希望が集中した。研修医が減った大学病院は過疎地などに派遣していた医師を引き揚げた。

  問題なのは、「医師の偏在」が急速に進んだ結果、必要な医療が受けられないという深刻な現象が各地で起きていることだ。
県議会の二月定例会で仲井真弘多知事は「女性医師の再就業の支援や勤務環境の改善を図り、中長期的な医師確保につなげていきたい」と答えた。

  医師不足が深刻な産科や小児科の女性医師の中には、子育てと仕事の両立に悩んでいる人が少なくないという。しばらくの間、「非常勤で、短時間働きたい」と希望する女性医師に対しては、多様な勤務形態を認めるなどの柔軟な子育て支援策が欠かせない。
琉球大学医学部の定員を増やしても、それが直ちに県内の医師不足の解消につながるわけではない。新人医師が、医師不足を訴える離島・辺地や産科・小児科などに勤務して初めて、医師不足解消に役立つのである。

  医師不足で困っている地域や医師の少ない診療科目に新人医師を誘導していくためには、魅力的な施策を打ち出す必要がある。
福田康夫首相は、社会保障費の歳出抑制路線は今後も堅持するという。医師増員のための財源はどこから捻出するつもりなのだろうか。政府内の調整は進んでいないようだ。

  財源問題が詰められていないため、どのくらい医師を増やしていくのかも、まだはっきりしない。
政府は社会保障費の伸びを年二千二百億円ずつ圧縮する目標を掲げ実施してきたが、抑制路線を維持するのはもはや困難だ。
医療費の削減が、結果として「医療崩壊」を招いている現実を直視しなければならない。』
.
2008.06.23 ☆医療立て直しの第一歩 医師増員
  23日、中日新聞→

  『政府が大学医学部の定員削減を定めた閣議決定を撤回し、増員を決めたことは当然である。特に病院の医師不足で深刻な医療崩壊を招いただけに遅すぎたぐらいだ。早急に具体化を図る必要がある。
  
  医師養成数について政府は一九八二年、削減することを閣議決定した。九〇年代に入って既に離島や僻地(へきち)などでの医師不足が指摘されていたのに、医療費抑制の一環として九七年の閣議で削減方針を再度駄目押しする過ちを犯した。
  この結果、人口千人当たりの医師数は二・〇人とベルギーの四・〇人、独仏やスウェーデンなどの三・四人をはるかに下回り、経済協力開発機構(OECD)の中で二十七位(二〇〇四年)にまで下がってしまった。
過度な医療費抑制策が招いた結果を真摯(しんし)に反省すべきだ。
具体的にいつからどれくらい定員枠を広げるのかなどを早急に詰め、実行してもらいたい。

  政府が医師養成の増員へ方針転換したのはいいが、一人前の医師が育つのに十年以上かかるといわれているだけに、すぐに医師不足が解消するわけではない。
  さらに、養成数を増やしても、その分が将来、離島や僻地など地方へ赴くとは限らない。
  医師養成数の増加という長期的な政策とは別に、当面の対策も練り直さなければならない。

  現在でも医師数は毎年四千人ほど増えているが、それでも地方の医師不足が深刻化しているのは、医師が都市に集中するためだ。
地方に赴任しやすくするには、関連する医療機関同士で交代制を敷き、地方勤務を終えたあとの復帰先を確保することが必要だ。離島を多く抱える沖縄県は以前から県立中部病院を中心に交代勤務体制を整えており、参考になる。

  医師が病院勤務をやめ、開業する背景には病院勤務の厳しい労働環境がある。この状況を正すには、開業医寄りの診療報酬を病院重視の体系に改めなければならない。四月の診療報酬改定で多少改善されたが、まだ不十分だ。
  医療従事者の業務範囲の見直しも必要だ。例えば能力の高い看護師・助産師の裁量権を拡大し、血液検査など医療行為の一部を任せるようにすれば、医師の負担は軽減され、難しい症例に専念でき、医療の質の向上にもなる。

  看護師など他の医療従事者も過酷な労働に耐えかねて離職が後を絶たない。医師同様に労働環境や待遇の改善を図り、国民が安心できる医療を目指したい。』
.
2008.06.23 ☆医療ビジョン 定員増だけで事足りぬ
  23日、北海道新聞→

  『医師不足の解消に向けた「安心と希望の医療確保ビジョン」を厚生労働省がまとめた。

  大学医学部の定員増が柱だ。地方を中心にした深刻な医師不足を考えると、医師数の増加対策は当然で、むしろ遅すぎたくらいだ。
ただ、医師を増やしただけでは問題は解決しない。医師を過不足なく、全国にどう行き渡らせるかという視点が必要だろう。ビジョンにはそれが欠けているようにみえる。

  大学医学部の定員は、一九八〇年代前半の約八千三百人をピークに減少に転じ、二〇〇七年には七千六百人にまで減った。医師の需要予測をもとに、政府が一九八二年に医師の抑制方針を、九七年には削減方針をそれぞれ決定したためだ。
確かに、医師の数自体は、毎年三千五百人から四千人のペースで増えている。

  それでも医師不足と言われるのは、医師が大都会などでの開業医に偏り、地方の中核病院などに勤務する医師が必要数を満たしていないからだ。道が最近まとめた調査結果でも、道内の病院の36%が「緊急に常勤医が必要」と答えている。
勤務医不足の背景にあるのは、宿直明けの通常勤務など、多くの医師が過酷な勤務を強いられていることだ。厳しい勤務環境から、病院を退職し、開業に転じる医師が増えている。それが、勤務医の労働条件をさらに悪化させている。
  打開策として、ビジョンは「非常勤医師の活用により地域医療を支える多様な勤務形態の導入」をうたうが、そもそも、こうした出張医となる人材すら足りないのが、大都会から離れた地方の実情だ。
不足がとくに目立つ小児科や産科への目配りも薄い。たとえば、産科について、医師との連携で助産師が正常分娩(ぶんべん)を扱えるよう、院内助産所などを導入するとしている。

  だが、地方には医師の辞職で産科が休診に追い込まれた病院は少なくない。連携すべき医師が不在なのだ。厚労省は地方の実態を十分に把握しているのだろうか。
  医師不足に拍車をかけたのは〇四年に始まった新臨床研修制度だ。新卒医師の研修先が、都市の民間病院に集中、出身大学が医師確保のため、地方の自治体病院などに派遣していた医師の引き揚げを始めた。

  この連鎖を断ち切らねばならない。ビジョンでは是正策として「医師不足が深刻な診療科や地域医療への貢献を行う臨床研修病院等を積極的に評価」「研修医の受け入れ数の適正化」を掲げる。
  これをどう肉付けしていくか。地方の実態に沿った検討が急務だ。』
.
2008.06.02 ☆介護報酬 待遇改善へ見直しを
  2日、信濃毎日新聞→

  『在宅介護を支える柱となる、訪問介護サービスの事業所が減っている。いまの介護保険制度では採算を確保しにくいことから、事業所の縮小や廃業が進んでいるとみられる。

  介護事業所や福祉施設の人手不足は、慢性化している。介護労働者の離職が止まらないからだ。仕事の大変さに比べて、賃金が低く、やりがいを見出しにくい。介護保険で事業者に支払われる報酬は、膨らむ給付費を抑えるため、これまで2回、引き下げられた。その結果、高齢化で介護を必要とする人は増えているのに、支える人材は流出し、事業者が撤退していく。これでは制度の基盤が崩れてしまう。2009年度に3回目の報酬改定が予定されている。高齢社会を支える人材を、劣悪な労働環境に押し込めていては、制度の健全な運営は望めない。サービスの質を確保するためにも、国は介護職の待遇改善に向けて、報酬の在り方を見直すべきだ。

  国は06年度の報酬改定で、要介護度の軽い人に対して、訪問介護のうち料理や掃除などの「生活援助」サービスの利用を制限した。この影響に加えて、人手不足などによる経営難が、働く人の状況を厳しくしている。長野県内のある訪問介護事業所は、男性ホームヘルパーの結婚退職が相次いでいる。家族を養えるだけの収入がないため、見切りをつけざるを得ないという。

  厚生労働省の06年の調査では、男性ヘルパーの平均賃金は月23万600円。福祉施設の介護員は、さらに低い。全産業の37万2000円と大きな開きがある。介護労働者は非正規雇用が少なくない。離職率が高いのも特徴だ。

  この夏にはインドネシアから、看護師の介護施設などへの受け入れが始まる。低賃金・重労働の現場を、外国人労働者に下支えさせることにもなりかねない。

  今の国会で「介護従事者処遇改善法」が全会一致で成立した。中身は、来年4月までに「賃金をはじめとする処遇の改善」の必要があると認めるときは「必要な措置を講ずる」との1条だけ。具体策を早急に詰めなくてはいけない。舛添要一厚労相も「プロであるべき介護士の処遇が良くないのは問題だ」と発言、報酬の引き上げを目指す考えだ。

 そうあるべきだ。ただ、その際、増えた分の報酬が労働者の人件費にどう配分され、一定の給与水準を確保できるか、がカギになる。知恵を絞ってもらいたい。』
.
2008.06.01 ☆社会保障予算 抑制は限界ではないか
  1日、北海道新聞→

  『ここまで医療や福祉などの現場に深刻な影響が出ているのだから、社会保障費の抑制目標が行き過ぎているなら思い切って見直してはどうか。

  来年度予算の基本方針を定める「骨太の方針」に、社会保障費の自然増分を毎年二千二百億円抑制する政府目標を盛り込むかどうかで、与党内の対立が激しくなっている。
自民党の厚生労働関係合同部会が後期高齢者医療制度への批判を受け、来年度は抑制を見送るべきだと決議したのがきっかけだ。

  福田康夫首相は政府目標を維持する方針を変えていないが、政府内からも「抑制は限界に近い」との声が出ている。
むろん社会保障費とて聖域ではなく、いたずらな膨張は許されない。だが、抑制のしすぎが医師不足による地域医療や救急医療の崩壊の一因と言われているのだから、すぐにでも改めるべきだろう。

  国の社会保障費は高齢化に伴い毎年約八千億円ずつ増え、本年度は約二十二兆円に達している。 抑制の政府目標は小泉純一郎政権時代の二〇〇六年に作られた「骨太の方針」に盛り込まれた。 国債関係費を除いた歳入と歳出の差である基礎的財政収支(プライマリーバランス)を一一年度に黒字化する-。 その方策の一つとして掲げられたのが社会保障費の自然増分を五年間で一兆一千億円圧縮する計画で、単年度では二千二百億円になる。

  この数値目標がいまも生きているのだ。政府内では来年度も雇用保険の国庫負担削減などで歳出を抑制する案が浮上している。雇用の改善で積立金に余裕が出てきたためだ。 だが、こんな場当たり的な対応を続けていては、いずれ行き詰まってしまう。
医療や福祉の水準をこれ以上落とさないためにも、過去の数値目標に縛られることなく、もっと柔軟に対応していい。 その際、忘れてならないのが基礎的財政収支を黒字化するという目標の堅持だ。 なし崩し的に歳出が増えるようなことがあってはならず、限られた予算の中でやりくりし、優先順位をつけて配分することがますます重要になってくる。

  首相は道路特定財源を来年度から一般財源化する方針を表明している。道路族議員や国土交通省の抵抗を押し切って、どこまで医療や福祉に回せるかも大きな課題だ。 社会保障の維持と財政再建を両立させつつ、国民の生命や安全にかかわる部分にはきちんと予算をつける必要がある。』
.
2008.05.22 ☆介護職の人手不足 早急な待遇改善が必要
  22日、秋田魁新報→

  『福祉サービス事業で、介護にかかわる人手不足が深刻化している。低賃金や過酷な労働に耐えかねて離職者が増加しているためだ。スタッフが足りず、新たな利用を断るケースも出ている。サービス水準の低下を招かないためにも、国は早急に待遇改善などに取り組むべきだ。

  介護現場が人手不足となったのは、事業者に支払われる報酬単価が2006年度の制度改正に伴って引き下げられたことが大きく影響している。これによって業界の給与水準が下がり、人材が他産業に流出。さらに、事業所の採算悪化によって新規採用もままならないという悪循環に陥りつつある。

  県内でも人材確保に四苦八苦する事業所が目立ち始めた。県社会福祉協議会の福祉保健人材・研修センターが昨年公表した調査結果では、「介護職」の2235人のうち、06年度中に退職した人は299人(13・4%)。このうち勤続1年未満で辞めた人は4分の1の79人を占めている。

  また、介護報酬が抑えられたため、経営の見通しを立てにくい事業所側は正規採用を控え、人材不足をパートで補おうという姿勢が顕著。07年度の月別有効求人倍率も全業種で平均0・6倍前後だったのに対し、介護職は1倍以上の高い水準で推移している。こうした状況について「欠員が出れば資格を持っていなかったり、全くの未経験者のパートで補うケースが多く、このままでは利用者のニーズに十分対応できなくなる」と危惧(きぐ)する関係者も少なくない。

  全国的には、人手不足のしわ寄せが利用者に及ぶケースも頻発するようになった。「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動実行委員会」が国内の約70事業所を対象にした調査では、06年度以降に6割以上がスタッフの賃金を引き下げ、「新規の介護利用を断らざるを得なかった」との回答も4分の3以上に上った。必要なサービスが受けられないとあっては「何のための介護保険制度化か」といった不満の声が噴出するのも当然だろう。

  こうした局面の打開を狙ってか、経済連携協定(EPA)に基づいて7?8月にインドネシアから介護士と看護師が来日することが先日決まった。介護業界からは歓迎の声が上がるが、日本介護福祉士会など関係団体は「コミュニケーションが一番大事な介護は、外国人には難しいのではないか。国内で人材を確保できるような待遇改善が先だ」と疑問視する。十分な議論がないままの外国人受け入れは、介護現場に混乱を生じさせかねない。

  今年秋には、3年に1度の制度改正論議が本格化する。高齢化の進展に伴って介護ニーズが増えている中、制度の基盤となるサービスの質が低下する事態は避けなければならない。財政再建の下でも政府は人材確保策に本腰を入れるべきだ。』
.
2008.05.19 ☆介護保険 安易に切り捨てずに
  19日、信濃毎日新聞→

  『介護保険制度は本年度が見直しの年にあたる。介護給付費の抑制を目指す財務省は、要介護度の軽い人のサービス利用を制限した場合、保険料や国庫負担がどれくらい減るかという試算を、財政制度等審議会に示した。今後、厚労省と検討していく際の資料になる。

  試算は3通りある。「要支援」1、2と「要介護」1-5の計7段階に分かれた要介護状態の区分のうち、「要支援1」から「要介護2」までの「軽度」の人について、▽制度から外す▽家事支援など生活援助サービスのみの人を外す▽自己負担を現在の1割から2割に引き上げる-だ。

  介護保険の台所事情は苦しい。本年度予算の介護給付費は、2000年度に制度が始まった時の2倍以上、6・9兆円となった。国の財政が厳しい中で、給付の伸びの抑制は、切実な課題だ。
半面、財政事情に目を奪われて、直ちに見直しに走るのは危険だ。介護を必要とする人を切り捨て、制度の理念をゆがめるおそれがある。慎重に臨んでほしい。
「要介護2」の人は、介護サービスの支えがなければ、実際、暮らしていけない。自力で歩くことができなかったり、認知症が始まっていて判断能力が衰えていたりする状態にある。
長野県内も核家族化が進み、認知症でも1人暮らしをしているお年寄りや、夫婦ともに要介護状態の老老世帯が珍しくない。生活援助サービスは、生きていくための“命綱”にほかならない。

  こうした人たちへの給付を減らすのは、介護の不安や負担を社会全体で支える、という制度の理念に反する。
  介護を受けている人の多くは医療の助けも要る。後期高齢者医療制度(長寿医療制度)も始まっている。介護保険で自己負担を重くすれば、医療と二重の負担増を強いられる人も出てくる。

  より自立の状態に近い「要支援1」と「要支援2」を、介護保険の枠内に置くべきかどうかは検討の余地がある。だが、この区分も、介護予防の観点から、3年前の見直しで新設されたものだ。あまり目まぐるしく変えては、利用する人が戸惑ってしまう。
介護保険の対象となる高齢者は増え続ける。制度を健全に維持するために、高齢者に応分の負担を求めるのは、ある程度やむを得ない。ただし、見直し議論にあたっては注文がある。それは、中長期にわたって持続可能な制度への見取り図を、まずは示すことだ。』
.
2008.05.18 ☆アジアの優しき人々 週のはじめに考える
  18日、中日新聞→

  『この夏から医療や介護の現場に働くインドネシアの人々の姿がみられそうです。外国人への門戸開放の一歩。高齢社会日本の希望と不安が交錯します。
  高度経済成長に入る直前の昭和三十年代の東京の下町の「夕日町三丁目」とそこに暮らす人々を描いた二〇〇五年の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」は記録的な大ヒットでした。

  美化しすぎのきらいがなきにしもあらずですが、木造の住宅と商店、都電やオート三輪、三種の神器だったテレビなどが懐かしさを誘いました。売れない純朴な青年作家と少年の共同生活や小料理店のおかみとの不器用な恋、それを見守り励ます近隣の人々の物語は心をほのぼのともさせました。

言葉の壁は越えられる
  貧しくとも心ゆたかで温かなコミュニティー。人々への思いやりはどんなに時代が変わろうと、変わらない大切なものだというのがメッセージなのでしょうか。昨年の続編も前作に負けないほど好評だったといわれます。
残念ながら、夕日町三丁目とそこでの人々の悲喜こもごもの暮らしはコミックマンガやスクリーンの中に閉じ込められ、日本の現実の世界から消えてしまいましたが、東南アジアの国々では、今なおいたるところに夕日町三丁目と心優しき人々が存在しています。
混雑したバスや運河を渡る舟の中では、若い娘さんがごく自然に席を譲ってくれたり、手を引っ張って岸へ引き上げてくれます。ワシントンからバンコクへ国際会議の取材にきた同僚が涙を流さんばかりに感激したこともありました。
  同僚記者の仕事が一段落するタイミングを見はからって会議内容を報告する取材助手の女性の気くばりに感心してのことで、何事も自己中心の米国では相手の都合など考えてくれないのだ、というのでした。

避けよ最悪シナリオ
  同じ農耕社会。稲作文化や仏教儒教を共有したせいでしょうか、タイでもカンボジアでもベトナム、インドネシア、ミャンマーでも優しき気づかいの人々がいて、取材で「言葉の壁を越えられる」との思いを強くしたものでした。
  日本はその東南アジア各国との間で、経済活性化のための経済連携協定(EPA)を結び、十六日の国会承認によって、この七月にもインドネシアから看護師、介護福祉士の第一陣が来日する見通しとなりました。
協定での受け入れ枠は二年間で看護師四百人、介護福祉士六百人の千人。半年間の日本語研修などのあと病院や施設で働くことになりますが、専門的、技術的分野に限定していた外国人労働者受け入れをそれ以外に広げるのは初めてで、門戸開放の転換点とも。フィリピンからも看護師ら千人の受け入れを決定、タイ、ベトナムからも受け入れを求められています。

  日本社会の高齢化は急激で、厚生労働省は、要介護認定者は二〇〇四年の四百十万人から一四年には六百万人以上となり、介護労働者は、十年で百万人から最大百六十万人に増やす必要があるなどの数字をはじき出しています。
少子化と労働人口の減少で、介護もいずれは外国人に頼る時代がくるのかもしれません。気くばりの東南アジアの人々にはその適性があるかもしれません。しかし、介護現場を現状にしたままでの門戸開放は問題が大き過ぎます。限定的とされる今回のインドネシアからの受け入れでさえ、両国の未来にとって最悪のシナリオとなる恐れなしとはいえません。

  二〇〇〇年四月スタートの介護保険制度は、制度存続の危機に直面しています。矛盾が噴出、とりわけ財政の悪化や二度の介護報酬引き下げは、介護現場への重労働・低賃金のしわ寄せとなって、大量離職となっているからです。
〇五年調査で離職率20%、離職者は二十万人。そんな介護現場への外国人看護師、介護士は、重労働・低賃金労働固定化の道具として利用されかねません。労働者同士が反目する惨状を招きかねません。若者たちが希望と情熱をもち、資格のある潜在看護師、介護福祉士七十五万人が働ける職場であってもらわなければ、われわれ国民が困ってしまうのです。

感謝を手厚い待遇で
  道路や河川、ダムなどの公共事業に比べて社会保障は軽視されてきました。年間に徴収される税、社会保険のうち社会保障への還元が北欧並みの七割といかないまでも四割では介護労働者への待遇改善には回りません。財政の再配分そのものが見直されなければなりません。道路よりも安全・安心、社会保障制度充実の時代です。
  熱心な介護労働への心からの感謝と手厚い待遇なくして外国人労働者にも幸せは届きません。』
.
2008.05.14 ☆後期高齢者医療 実態調査と総点検を急げ
  13日、讀賣新聞→

  『新しく始まった後期高齢者医療制度への風当たりが強い。

   「後期高齢者」という呼称を含め、配慮に欠ける面が目立つことは確かだ。主に75歳以上を対象とする大きな制度変更なのに、厚生労働省も自治体も、十分な準備と説明を怠っていた。
さらに厚労省は、従来の制度と比べて、どの程度の人が負担増あるいは負担減となるのかについても、あいまいな見通ししか示すことができない。これでは高齢者が憤るのは当然である。
政府・与党は、新制度の趣旨を丁寧に説明するとともに、実態調査を急ぎ、問題を総点検する必要があろう。
これまでも75歳以上の人は主に市町村の国保に加入しながら、老人保健制度の枠組みに入り、その医療費が膨らんだ分は企業の健保などが拠出金で支援していた。

  ただし、現役世代がどれだけ負担するかが明確ではなかった。後期高齢者の医療費が必要以上に膨らまぬよう、誰が責任を持って取り組むかも判然としなかった。
新制度は、あいまいなまま融通しあってきた高齢者医療費の会計を独立させ、都道府県単位の組織に運営責任を持たせた。従来の市町村単位より広域化したことで、保険財政は安定する。
所得の多い高齢者には、応分の負担を求める仕組みも盛り込まれた。現役世代には、自分の保険料のうち、どれだけ高齢者医療にあてられたかも明示される。
負担のルールを明確にしたことが、高齢者に冷たい制度と受け取られているようだ。

  しかし、負担と給付の関係をはっきりさせることで初めて、高齢者と現役世代のそれぞれに求めうる保険料の限界も明確になる。そこから先の医療費、そして社会保障費全体の財源をどうするか、という議論につながる。
新制度の全体的な方向は、超高齢時代に沿っている。だが、細部では問題が多い。
新制度の保険料算定式は複雑で理解するのは難しい。分かりやすく工夫した説明がないために、負担が増えた人は不満と不信を募らせている。

  低所得者や障害者向けに、自治体が独自に実施していた減免措置が新制度移行を機に打ち切られ、困惑している人がいる。
年金からの保険料天引きを、これまでの負担に上乗せして徴収されているという誤解も根強い。
  説明を尽くし、必要な救済策を講じることが大事だ。』
.
2008.05.14 ☆社会保障費の抑制 もう限界ではないのか
  13日、中國新聞→

  『いくら財政再建をめざすためとはいえ、社会保障費の増大分を毎年二千二百億円も削って、国民の健康や老後の安心が守れるのだろうか。医師不足など地域医療の崩壊が進む中で、政府の方針はもう限界と言わざるを得ない。
舛添要一厚生労働相は「抑制は限界だ」と現状を述べ、自民党の伊吹文明幹事長らも見直しの必要性を唱えている。福田康夫首相も「難しい段階に来ている」との認識を示す。

  しかし、「小さな政府」を掲げる財務省はおいそれと受け入れそうにない。現に額賀福志郎財務相は抑制を続けることを言明している。来月にも閣議決定される「骨太の方針2008」に向けて、政府・与党は難しい調整を迫られることになりそうだ。
社会保障費の抑制見直しがここにきて政権維持のキーワードとなったのは、医療や介護の現場にもたらされた混乱と疲弊がある。七十五歳以上を別枠にした後期高齢者医療制度、療養病床の大幅削減、産科や小児科医の不足、介護報酬切り下げによる人材難…。国は財政再建を名目に社会保障費関連の歳出を抑えてきたが、国民の間には大きな不満が残った。
  宙に浮いた年金問題でまず「ノー」を突きつけたのが安倍政権下の昨年七月の参院選だ。自民党は参院の第一党の座を奪われた。後を継いだ福田内閣は、今年四月の衆院山口2区補選でも敗れた。足を引っ張ったのは、事前の説明が不十分のため混乱した後期高齢者医療制度だった。

  この制度については、自民、公明両党が、一部高齢者の保険料の免除を十月以降も延長する検討に入った。
社会保障費の抑制は小泉内閣時代の「骨太の方針2006」にさかのぼる。国・地方の基礎的財政収支を二〇一一年度で黒字にするとして、〇七年度から五年間で歳出を計一兆一千億円圧縮する計画だ。
  それだけに、財務省には与党の要求でも譲れない事情がある。額賀財務相は今後の経済財政運営の基本的な考え方として、骨太の方針の改革姿勢は変えないという構えだ。財務省内には、社会保障費でたがが外れれば、なし崩し的な歳出増になると警戒心が強い。

  見直し論浮上の直接の理由は、本年度予算に織り込まれた二千二百億円抑制の実現が危ぶまれているためだ。政府は圧縮分のうち約一千億円について、政府管掌健康保険(政管健保)の国庫補助を健康保険組合などに肩代わりさせる特例措置で捻出(ねんしゅつ)する計画だった。ところが、「ねじれ国会」で成立のめどが立っていない。

福田内閣の支持率が19%と低落していることもあり、与党内には「これでは衆院選に勝てない」との声が強まっている。社会保障政策の立て直しなしには、政権の浮揚はあり得ない。ただ、小手先の見直しに終わらせてはなるまい。給付と負担をどうするのか、社会保障の将来ビジョンを国民に明確に提示すべきだ。 』
.
2008.04.26 ☆高齢者医療 出発点から考え直せ
  26日、信濃毎日新聞→

 『4月からスタートした後期高齢者医療制度(長寿医療制度)に、お年寄りの怒りが収まらない。

  保険料の年金天引きに対する反発はとりわけ強い。この問題は27日投開票の衆院山口2区補選の争点にも浮上した。与党内からも見直し論が出ている。小手先の負担軽減策では、展望は見出せない。制度の根幹に立ち返って、高齢者の命を支える仕組みのあり方を洗い直したい。

  新制度のねらいは、世代間の負担を見直すことにあった。75歳以上の人たちを別枠の医療保険にして、所得に応じて全員に保険料を支払ってもらう。患者の自己負担を除いた医療費の1割を、この保険料で賄う。残りの4割は現役世代の保険料からの支援金、5割が公費だ。給付と負担を明確にすれば、コスト意識が生まれ、医療費の抑制にもつながる-というわけだ。新制度の対象者には75歳以上のほかに、65歳以上の寝たきりの人なども含まれる。

  医療を最も必要とする人たちを、ひとくくりに切り離すことが適切なのか、そもそも疑問がある。社会保険は本来、リスクをみんなで分かち合う仕組みだ。対象とする集団は、大きくすればするほど安定度が増すはずだ。

  75歳以上の医療費は、2006年の11兆円から25年には25兆円に膨らむ推計だ。保険料は現役世代の人口が減ることによっても上がっていく。厚労省の試算では、全国平均でいま月約6000円の保険料が、7年後には月額でさらに1000円強増える。

  お年寄りの大半は、年金から保険料が天引きされる。介護保険料も天引きだ。物価高で生活必需品は、軒並み値上がりしている。これ以上支出を抑えるには、医者にかかるのを我慢するしかない-。お年寄りがこの制度から「老人切り捨て」のメッセージを読み取るのも、無理はない。

  だからといって、元に戻せばよいわけでもない。高齢者の医療費を国保と現役世代に頼る従来の制度が立ちゆかないのは明らかだ。何らかの形で高齢者が負担していく仕組みは避けられない。

  だれもが安心して医療を受けられる国民皆保険を維持しながら、将来にわたる少子高齢化に耐えられる制度を、どう構築するか。

  民主党など野党は、制度廃止を目指して政府を追及する構えだ。遅ればせながら、白紙に戻すことも視野に入れつつ、今国会で議論をしっかり深めてもらいたい。』
.
2008.04.19